人の踊りなんか見て、何が楽しいんだ一体

Photo: “Countertop dancing at Coyote Ugly.”

Photo: “Countertop dancing at Coyote Ugly.” 2018. Tokyo, Japan, Apple iPhone 6S.

人の踊りなんか見て、何が楽しいんだ一体。と思っていたが、意外と面白い。

六本木の裏路地の、自分では絶対に行かない、というか行けない店。チャラい、という表現がぴったりのマーケティングのメンズが二次会だか三次会で僕らを連れてきた。一見すると、アメリカンなテイストのスタンディングバーだが、無数の下着が天井から無数にぶら下がっていたり、DJブースが巨大だったり、フロアーの店員が基本女性だったりする。

この店は基本、フーターズみたいな感じの店で(tabelogにも載っている)、ただし、歌と踊りにはずっと気合が入っている。カウンターの上で、ダンサーが踊る。カウンターに土足、というのが、その時点で奇妙に日常をぶっ壊しているというか、生理的に凄い違和感があっていい。


人の踊りなんて見て、何が楽しいのか、とだいたいそんな風に思って居たのだけれど、実際見てみると結構楽しい。写真はどんどん撮ってどんどん上げてね、というスタンスなのも面白い。領収書が落ちる気はしないけれど、いたって堅気な店なのだ。テキーラショットをダンサーに飲ませてもらう、というアトラクションがあって、連れのオッサンが良い感じに壊されていく。

カウンターの上で踊る客を、そういえば見たことが有る。アマンドの裏の方にあったクソなバーで、カウンターの上で踊る白人客の男を見た。ずいぶん昔の話だ。

都会で育つこと

Photo: molt 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

Photo: "molt" 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

「僕はここで育ったんです。で、縁あってこのお店に勤めることになりまして。」

帰り道から少しだけ外れたところにあるバーは、かなり急な階段を 3階分登らなくてはならない。ここが危うくて登れないようであれば、もう既に十分飲み過ぎなのだから、帰った方が良いのだ。


難しいカクテルは出来ない。いろんなモルトが有るわけでもない。でも、歩いて帰れるし、なにより天井が高い。バーテンダーは、多分僕より少し若くて、控えめな優しそうなヤツだ。

「あの安い八百屋知ってます?」
という話になる。

「凄い安いですね。でも、なんかこの前、」
そうそう、ドリアンを置いてたよね。誰が買うんだよあれ。

こんな都心で生まれて育つって、どんな気持ちがするの?

「寂しいですよ。小学校なんて、地元で通ってくる生徒は、全部で 100人ぐらいしか居ないんです。」


昔、社会の授業で習った「ドーナツ化現象」というのは、つまりはこういうことなのだ。長くて危なっかしい階段を下りて、外に出ると雨は上がっていた。バーテンダーは外まで降りて、見送ってくれた。

神戸、山の手、バー

Photo: 2000. Kobe, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

Photo: 2000. Kobe, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

神戸、山の手。とびきり美味いカクテルを出すバーがある。いや、あった。

その店は、僕に「船」を連想させた。正方形の、どっしりしたドアを開けると、細長い店内には、有に20メートルはある長くて真っ直ぐなカウンター が、船の甲板のように横たわっている。バッファロー革のソファーが気持ちよく並び、磨き込まれたグラスと琥珀色の酒瓶が淡く光る。何組かのお客がソファー に深々と身を沈めながら、静かに話をしている。港町の山の手に、隠れ家のようにオープンした店。


僕にカクテルをつくってくれたのは、若いバーテンだった。多分、年齢は僕と幾らも変わらない。丸顔で、短い髪を撫でつけている。サッカー日本代表の、中田を太らせたような感じ。もしかしたら、バーテンダーをやるよりは、板場に立っていた方が、似合うかもしれない。
「これは?」
「カンパリです」
「それと?」
「カンパリと氷をシェイカーで少し」
「、、それだけ、、?」

料理の腕に才能があるように、バーテンにも才能がある。カクテルという飲み物は、材料もレシピもほとんどが厳密に決まっている。だからこそ、調製す る人間の腕前が際立つ。ただのカンパリと氷をシェイクしただけの一杯には、彼のセンスと技術が凝縮されていた。数ヶ月前、この店で彼のカクテルを飲んで、 僕は初めて知った。カクテルは「香る」のだ。


フランシス・アルバートというカクテルがある。ワイルド・ターキーとタンカレイをステアしただけの、単にそれだけのカクテル。しかし、混合比と温 度、そしてステアの技術がピッタリ合ったとき、奇跡が起きる。リキュールなど入っていないはずの琥珀色の液体が、突然、爽やかな柑橘系の芳香を放つのであ る。
「今日、会心の出来です」

カクテル・グラスに鼻をつっこんで、漂ってくる柑橘類の匂いを確かめている僕に向かって、彼はそう言った。フランシス・アルバートの奇跡は、その日、確かに起こった。僕はその夜、とことん彼と勝負することに決めた。

新しいお客が来て、新しいグラスが用意され、新しい飲み物がつくられる。真っ白に凍ったグラスに、美しく削られた透明の氷が入る。固く氷結した氷にアルコールが注がれた途端、パシッと音がして稲妻のような「ヒビ」が入る。この店は、きちんとした氷を使っている。

お客は何度も入れ替わり、夜は更けた。彼は僕たちにお酒をつくることを、楽しんでいた。僕たちも、時間を忘れて彼のカクテルが生み出す時間を楽しんだ。いい夜だった。


それから数ヶ月、久しぶりの神戸。その店に入った瞬間、空気が全く違っていた。あの心地の良い緊張感はなく、ただダラリとした眠そうな空気があった。そのバーテンの姿は、もうどこにもなかった。見たことのない店員が、シェイカーを振っていた。

1杯目のカクテルは、なんのひらめきも感じられないただの、混ぜ水だった。祈るような気分で、フランシス・アルバートを頼んだ。なぜかロックグラスに入って出てきた液体を一口だけ飲み、そして僕は席を立った。

僕はもう二度と、その店には行かないだろう。伝説は、失われてしまったのだ。

注:フランシス・アルバート(FRANCIS ALBERT)は、元々シナトラという名前のカクテル。南青山のバー、ラジオの尾崎浩司氏が考案したもの。