YouTube のトラベルライブと義務教育(主に理科)

とある海外在住YouTuberがやっている、36時間耐久のライブ中継をみていた。タイの田舎町を、ひたすら歩いて行く。夏のタイだけに凄く暑くなってきて、中継に使っているiPhoneが熱暴走するから冷えピタを貼るとか言っているよ。

悪い冗談かと思ったら、本気のようだ。ライブのコメント欄が、「やめて!」と言っているので、よかったと思ったら、結露するから機械に良くないのだ、と言う。確かに、結露は良くない。だが、そこじゃないだろ。

日本の義務教育はどうなってしまったんだ?このチャンネルは年齢層高めで、僕と同じ世代の人が見ているケースが多いと思うのだが、それでこの為体か。冷えピタを貼ってスマホが壊れるのは、まだいい。しかし、自分が発熱したときに、まさか冷えピタで体温が下がる、なんて思っている人は、実は多かったりするのだろうか。特に今の世の中では、その誤った認識では死ぬぞ。


テレビ裏あたりに込み入っているいろんな機材の配線を、引っこ抜いて、掃除機をかけて、拭き上げて、1本1本畳んでいく。ライフラインであるネット接続を切らないように、YouTubeのストリーミングを見ながらやるというのは、冴えたやり方で、うまくルーターと、AppleTVと、テレビに関連する配線だけを残して、綺麗に外すことができた。

引越準備をしながら流しっぱなしにしていた、長時間ライブ。その過程での、出来事だった。

MacBook Pro 13-inch 2020のそれから

まったく予想に反して、ARM版のMacbookの評判は高く、なんだか皆飛びついているように見える。

膝の上で、ちょっとしたことでも温まるIntel版の存在感を感じながら、たいして重くもないアプリを使っていると、実にディストピアな世界に旧型ロボと取り残されたような気になるが、まあ、安定して動いているので、特に問題を感じない。温まるだけだ。

ただ、Zoomごときでファンを鳴らすのはどうなんだろうか。


数年前から使って、すっかりダークモードにも慣れた。最初は使いにくかったけれど、アプリ側のデザイン調整も進んで、Windows でもMacでも、不便を感じる事は無い。(と言えば、嘘になるな。Windows のexplorerのバーがたまにどこに有るのか分からなくなる)紙のメタファーを捨てたインターフェイスが、グリーンの(あるいはオレンジの)ブラウン管の時代の見た目に、一周回って戻っている。

不気味の谷と、アンドロイドのお姉さん

Photo: "Egg android."

Photo: “Egg android.” 2016 Sidney, Australia, Apple iPhone 6S.

動画配信だけを見て暮らして、1年が過ぎて、まったく不便が無い事は分かった。メディアはこうして、置き換えられていく。古いメディアは、消えないが、積層の下に埋もれていく。


YouTubeに、散歩するアンドロイドっていうチャンネルがあって(あえてリンクはしない)、アンドロイドのお姉さん、というのが出てくる。表情とか、動きとか、滑舌とか、そのあたりは(アンドロイドなので)ちょっとしたぎこち無さ。

何千年か後に、流石のgoogleのstorageからも記録が中途半端に失われて、考古学者が、人間を模倣し不気味の谷を越えた最初のアンドロイドとして、彼女を「発見」したら面白いなと思ったりする。


動物は不気味の谷を、感じないらしい。人間だけが、人間に中途半端に似た何かに、恐怖を感じる。人は、何に出会って、その恐怖を学習したのか?人間が遺伝子に刷り込まれた恐怖を感じる、「人間に似た何か」というのは、一体なんだったのか?確か、そんな話。Redditが元ネタだったか。

進化するアンドロイドが開ける、新しいディストピアな恐怖の種が、その辺にあるかもしれない。