孫を連れて

Photo: "Little Tolstoy."

Photo: “Little Tolstoy.” 2017. Vladivostok, Russia, Apple iPhone 6S

ウラジオストクの路線バスは、ちょっと信じられないぐらい年期が入っていた。経済圏としては韓国が近いせいか、ボロボロの大宇とかそんなものが走り回っている。今日はいい陽気だけれど、クーラーは入らずに窓全開だ。まるでヨーロッパなウラジオの町並みが、車窓を通り過ぎてく。

孫を連れて連れてバスに乗るじいちゃん、手の甲には碇の刺青が見えた。船乗りとしての人生を終えて、今は丘で暮らしているのだろうか。冬のオホーツク海を越えて、人生がこんな形で残るなら、それも悪くない。


港の小さなスーパーに行く道すがら、野良猫を見つけた。

今日は暑いが、冬場ともなれば平均気温がマイナス10度を下回る土地。もっこもこのロシア帽みたいになっているよ。ロシア文豪といった威風堂々の風格。

近寄ると、おそロシアな視線で睨まれた。退散。

インド人の話

Photo: “Native Indian dishes.”

Photo: “Native Indian dishes.” 2017. Tokyo, Japan, Apple iPhone 6S.

インド人と、ある程度まとまった時間を過ごしたのは、ここ最近の話で、その驚くべき習慣と、感性と、考え方には大きな衝撃を受けた。

絶対に時間通りになど来たことがない彼が、”I will go there 7 sharp”と LINE してきた時に、僕はもちろんまだ家でのんびりしていたのであって、約束の7時に待ち合わせのレストランに着こうなどと言う気はさらさら無かった。しかし、”sharp” などという表現をしてきたのは初めてで、かっきりとか、丁度とか、そういう表現であることは何かで知っていて、身支度を急ごうという気になったのだった。

折しも雨が降り始め、そう遠くないとはいえ、微妙に行きづらい場所柄、タクシーで店まで行くことにした。一方通行と進入禁止だらけの裏通りを車で行くことは諦め、店の最寄りの駅でタクシーを降りると、地下鉄に乗りたいんじゃ無かったのかよ、という運転手の視線を背中に感じながら、脇の路地に入っていった。


6時55分、店に着いた。出迎えた店員に、皆さん遅れますか?とかなんとか言われて、遅れるも何も未だ 5分前ですよ、と答えて、なにやら嫌な予感がした。なかなかの有名店のようだが、店には他に 1組しか客は居ない。

7時、誰も来ない。

7時10分、もう一人の待ち人が、遅れて登場。とうに “7 sharp” は過ぎている。店は遅刻厳禁・待ち合わせ禁止のルールがあるらしく、既にフロアー担当の醸す雰囲気は悪い。

7時15分、LINEに、”I’m lost” という短い書き込み。最寄り駅までは来て、そしてLost。駅から 5分かからない。店員の嫌みとプレッシャーもかなり高まっているし、なにより喉が渇いた。彼には悪いが、ここ数回インド料理屋で得た経験値を元に、適当にビールとパパドブスなどを頼んでおく。

7時30分、もはや普通に2人で飲み会になっている。店は3割ほどの客の入りだ。遅刻厳禁の店で、30分の遅刻者を出している我がテーブルは、本来「針のむしろ」と言っても良いが、ここはインドレストランだ。そんなルールの方がおかしい、もはやインド化された我々は、そう考えている。(普通のお店なら、僕はそういうルールはきちんと守る)なんというか、外国にかぶれて日本人を見下す意味不明な視線を持った勘違い日本人の典型、みたいなフロアー店員Aの視線も、もはやなんとも感じない。あんな感性で、どうやってインドレストランで日々をやって行けているのか、むしろそれには少し興味が有る。

7時40分、ついに彼は店に現れた。悪びれる風でも無く、すまなそうですらなく、真打ち登場といった感じで。「迷っちゃいましたよー」と。彼を見るフロアー店員Aの視線は、もはや未知の物体を見るような目つきになっていた。


さて、じゃあ、料理何頼みましょうか。ファーストオーダーは、我々が無難に前菜的なものを頼んでおいた。メインディッシュは、是非ネイティブインド人に選んでもらいたい。しかし、彼の回答は、インド文化に慣れてきた我々の斜め上をいくものだった。

スペシャルミールを頼む、と言うのだ。普通に考えれば、初めて来た店で、40分遅刻して、いったいどの面下げてメニューにない料理を頼めるというのだろう。常連でも何でも無い、初見の店なのだ、ここは。

言うが早いか、メニューを片手に厨房に向かう。丁度、シェフズテーブルというような位置取りになっている我々の席からは、その交渉の様がよく見える。コックは激しく首を振り、体を仰け反らせ、どう見ても交渉は難航している。そりゃそうだ、常連どころか一見なのだ。数分、激論が続き、彼が天を仰ぎ、コックを握手する。まあ、そりゃそうだ、無理な話だ。無理を言って悪かった、でも気を悪くしないでくれ、そんな握手だ。

戻ってきた彼の第一声「OK、スペシャルミール。」

OKなのかよ!どう見てもそんな雰囲気は無かった。微塵も無かった。どんなロジックで交渉が成立したのか、ヒンズー語が全く分からない我々には、全てのプロセスが謎に包まれている。というか、インドの大地が謎に包まれている。


10分ちょっとで、テーブルの上には山盛りの料理が3皿並んだ。ビリヤニと、カレー2品。しかも、カレーの1つは卵カレー。僕がビリヤニと卵カレーが好きだから、交渉してくれたのだろう。ちなみに、この店にはそもそもビリヤニが存在しない。

ここから後の我々の仕事は、この机いっぱいの膨大な量の食べものを、残さずに食べることだ。即席メニューだから、凄く洗練されているという味では無い。もともと、ビリヤニと言ってもやっぱり店によって味が全然違うし、卵カレーの解釈もまちまち。でも彼のスペシャルな計らいだ、有り難く頂く。そういえば、失われたあの店の卵カレーはもう食べられないんだなぁ。

ちなみに、こんな単価の高そうなこの街の店でスペシャルミールなんてやったら、いったい幾ら取られるんだろう、と心密かに怯えていたのだが、全然普通の値段だった。とっても良心的だねインド。。


インド人の相手はめんどくさい、インド人の話は長い、インド人の頼み事もたいていめんどくさい。でも、インド人は長い話を(こっちからしたことは無いけれど)多分聞いてくれる、頼み事はいつまでも覚えていて良くしてくれる。友達の輪に入ってしまえば、そこには違うインド人の姿が見えてくる。彼らは人種にあまり拘泥しないし、ハイコンテキストな機微を求めるコミュニケーションもしない。

公式には否定されているカーストの概念は、非常に根深くそのシステムに染み込んでいて、容易には変わらないだろう。そこは、インドの闇と言ってもいいかもしれない。ただ、幸か不幸か、我々外国人はアウトオブカーストだからその序列の中には入らないし、入る必要も無い。

いろんな所に迷惑を、まあ、控えめに言って振りまいていることは否めない。それは、ある種の文化の摩擦と言えるだろう。でも最近は少し分かってきた。正面から反論する事、嫌なものは嫌という事、逆に面倒なことを真っ直ぐにお願いすること。そういうコミュニケーション方法を我々も研いた方がいい。その方が、この二つの文化は上手くやっていける。

年末、アジアの某国に仕事で軟禁されている彼が帰ってきたら、お気に入りの居酒屋で忘年会でも開いてあげよう。魚も食うし、酒も飲む、そんなヒンズー教徒だ。

※写真は無関係の店のインド料理。スペシャルミールの写真は控えた。

YOUR CHOICE

Photo: “YOUR CHOICE.”

Photo: “YOUR CHOICE.” 2018. Tokyo, Japan, Apple iPhone 6S.

「あんた、俺を誰かと勘違いしてるよ!」

前を歩いていたサラリーマンが突然振り返り、僕の友人に啖呵を切った。

「は?どうかしましたか?」

イヤフォンを外して、礼儀正しく問い返した友人に、サラリーマンもア然として「は?」

朝の駅のどまんなかで、大の大人が顔を見合わせてしばし呆然としている。そんな話を、ワインを飲みながら聞いている。


何者かに自分がつけられていると勘違いしたとして、こんな啖呵を切らせるのには、相当な覚悟というか、相当な恐怖が必要だろう。

友人にたまたま後ろを歩かれただけで、そんな恐怖を味わうものなのか。

確かに、見た目は怖い。最近、運動不足で一回りガタイが大きくなった友人は、仕事仲間の若者達からは企業舎弟とか、そんな風に言われているらしい。20年前に、僕が初めて出会ったときも、この人はきっと怖い人だから、間違っても深入りしないようにしよう、と考えた。

実際、かれは至極まっとうな人間で、反社会勢力でもないし、昔やんちゃだった、みたいな事も無い。外資系 ITに 10年以上勤めて、自ら選んで起業して、最初は色々苦労しながらも、今は着実に歩んでいる。しかし、残念ながら人は見た目が 100パーセント。


さて、ワインだけでは寂しいので、なにかつまみでもとろう。チーズの 3種盛りなんて良いんじゃないか。これはリストの中から選ぶのか?勝手に選ばれるの?

「君のおすすめを持ってきてくれたまえ、的な感じでいいんじゃない?」
と彼は言う。しかし、そんな見た目で、しかも、今日のトレーナーには「YOUR CHOICE」って書いてある。(しかも全部大文字だ)俺ならそんな人間に、「君のセンスで選んでくれたまえ」みたいなことを言われたくないね。震える。

で、頼んでみた。チーズの銘柄を訊かれることも無く、無難なセレクションで勝手に選ばれて運ばれてきた。まあ、そんなもんだ。