沿海州のヨーロッパ

Photo: "Continental breakfast. Tea or Coffee."

Photo: “Continental breakfast. Tea or Coffee.” 2017. Vladivostok, Russia, Apple iPhone 6S.

起きる起きると言いつつ、起きる気配のない友人を部屋に残し、一人で食堂に降りた。

さっぱり英語は話さないおばちゃんが指し示すメニューは、ロシア語と簡体字併記で手に負えない。漢字の雰囲気から、コンチネンタル・ブレックファーストのようなものを注文した。


それにしても、まだ昼前だと言うのに、開け放たれた窓からは熱気を帯びた空気が入ってくる。極東ウラジオストクの7月が、まさかこんなに暑いとは思わなかった。スーツケースの大きなスペースを占めるフリースと、カーディガンの出る幕は無い。


紅茶はティーバグで、自分で入れる。トワイニングと、読めないラベルの多分ロシア・ブランドのティーバグ。もちろん、地元の方を選ぶ。やっぱりここはお茶の文化なので、コーヒーよりお茶が幅を利かせている。

お茶を啜りながら待っていると、運ばれてきた。ちょっと共産主義ディストピア定食みたいで、ワクワクする見た目。薄切りのトーストと、チーズ、ハム、苺ジャムとバター。200ルーブル。テレビCMを見ていると、ハムとスライスされたチーズ(スライスチーズではない、塊を切る文化だ)とパン、という感じの朝食の光景なので、割と現代のロシア的なメニューなのかもしれない。


とても質素で、まるで高級では無いのだけれど、トーストが抜群にうまい。元がそういうものなのか、おばちゃんの腕が良いのか、サクサクにむら無く焼き上げられていて、とても軽い。少し味の濃いバターがぴったり合う。

こんな極東アジアの一角に、こんなにきちんとパンを扱う文化が有ることに驚く。こういうものは、一朝一夕にには多分できない。ベトナムのフランスパンの旨さにも驚いたが、ウラジオストク郊外のなんでもないホテルのこのパンも、ちょっと忘れられない味だったのだ。

見た目の三倍くらい満足な朝食だった。

蝉をひっくり返す

道端でセミがひっくり返っている。微動だりしない。
でも俺は知っている、奴はまだイケる。

つま先でつつくと、ちょっと脚を動かす。コロリとひっくり返すと、もぞもぞして、そして飛んでいく。


今の時期は、だいたい蝉をひっくり返す時期だ。そんな話を英語の先生にしたら、

「私もするわ」

だって。アメリカ人もセミをひっくり返すのだ。

程よくぬるい

Photo: "Victory of communism."

Photo: “Victory of communism.” 2017. Vladivostok, Russia, Apple iPhone 6S.

程よくぬるいトマトジュースをサーブされ、プロペラ越しの日本海を見ている。紅い果実が描かれたパッケージを見て、何か素敵なロシアの果物かと思ったのだが、なんてことはない、トマトジュースだった。ぬるいトマトジュースって、厳しい。

成田からたったの2時間半、ウラジオストクには1日1往復の定期航路が開設されている。ただし、プロペラ機だ。もちろん、ツポレフとかスホーイとか、イリューシンとかを期待したが、とっくの昔にボンバルディアに代わっていた。ロシア国外での型式証明とか、そういう問題もありそうだ。


ロシア人は寡黙、という僕のイメージは既に崩れている。ゲートの待合でも、ロシア人達はお喋りしっぱなしだったし、僕の前のロシア人ビジネスマン2人組は、プロペラ機の騒音の中で、もう1時間も喋りっぱなしだ。男も女も、とにかくよく喋る。


やがて、ロシアの大地が見えてくる。

国土地理院の等高線模型のような、緑一面の山。飛行高度から見ても、山奥すぎて震えるような場所に、細い道でつながる建屋数軒の集落が有る。こんな場所で越冬するかと思うと、震える。

突如、森をぶった切って真っ直ぐな道路(用水路のようにも見える)が地平線まで続く。さしずめ、現代版ナスカの地上絵のようだ。共産主義の勝利を讃えるような、無茶苦茶な真っ直ぐさ。

まさに、おそロシア。