フォトエッセイの記事一覧(全 323件)

酒を飲まずに歩く夜の街は

Photo: “Whiskey bottles in midnight light.”
Photo: “Whiskey bottles in midnight light.” 2006. Tokyo, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

酒を飲まずに歩く夜の街は、以前よりはよそよそしく、入るべき店の幅は狭くなった。

といっても、酒を飲んで失われる人生の時間を考えたら、やはり戻りたいとは思えない。

かつて、そういう世界があって、そこにどっぷりな住人ではあった。そして、いつまでもそこに居続ける必要は無いのだろう。


暗い街路に面したドアの向こうから、熱気とかすかな煙草の臭いが流れてくる。いや、やっぱり嫌かなと思う。透き通った、はっきりした目で見る夜の景色は、酒の霧に煙った色とはまた違う光を持っている。

仕事に飽いて、なだれ込むように酒場に入って、ウイスキーをあおる。そうして、やっと肩の力が抜ける。そういう句読点のようなものとしての酒場は、確かに今でも良いなと思う。しかし、時代は変わった。いつものバーのマスターは、僕の注文からは、アルコールを抜くようになった。

徳川最後の将軍、の弟と日記

Photo: “Closed unknown shops.”
Photo: “Closed unknown shops.” 2025. Chiba, Japan, Apple iPhone 14 Pro Max.

千葉県立美術館に隣接するポートパーク、夏場は凄い人出で、近づく気にならなかった。今は、人もまばら。アーティストトークの時間まで、暇を潰す。

丘の頂上のベンチも誰も居らず、背にかかる風は冷たく、ずっと文章を書いていられる気分では無い。家族連れの歓声が遙か遠くに聞こえていて、部活の練習だろうかジョギングの列が近くを通る。


選ばなかった未来は分からない、だから考えないにしても、徳川慶喜の弟昭武の日記には、全くもって今日起こった出来事しか書いていないという。そこには心情も、感想も、過去の回想も、未来の予想も無い。幕府の名代としてヨーロッパに滞在した徳川昭武は、日記と沢山の写真を残している。

撮影した写真の露出まで記録している彼は、しかし、徳川幕府が滅びたその時のことも、日記では特に触れていないという。逆に、日本人として、初めてココアを飲んだ記録が昭武の日記には残っている。実は、そんな記述にも、結構な価値があるのだと思う。

徳川幕府が滅びた後も、華族として不自由の無い生活を送っていたようではあるが、その胸中はどのようなものだったか。それは、一切残っていないのだと。


人生の残りはあと一万数千日。自由に出かけられるのは、数千日が良いところだろう。その目の前の一日をどう過ごすのか。自分の思い通りに、いつになった日々を送れるようになるのか。送れていた時期もあった気がする、いつのまにかどうにも出来なくなっていた。

華族として身分は保証されていた昭武も、実際には日記一つ自由では無かった。記録魔なのであれば、自分の心情を書き残したかったのでは無いか。あるいは、私小説のような概念は、当時無かったのかもしれない。生まれたときから将軍家の公人であり、「私」として何かを残す自由も、発想も無かったか。


高校生達が戻ってきた、ずっと同じ所を周回しているのか。日記は今しか書けない、昨日のことは書けない、明日のこともかけない。しかも、自分の今の気持ちを書けるようにしておくには、心のバッファが必要だ。

鳥がうるさいくらいに鳴いている。別に楽園では無いのだろう、縄張り争いだろうか。木々は紅葉が始まっている。あと何回、紅葉を見るのか。背に当たる風がいい加減冷たい。少し先まで歩いて海でも見るか。

今日の展覧会:オランダ×千葉 撮る、物語るーサラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴

向島百花園、再び

Photo: "A pond."
Photo: “A pond.” 2025. Tokyo, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM

「虫が多いから、最近はあまり来てないのよ」

ベンチに座る僕の前を、そんな会話をしながら家族連れが通り過ぎていく。そうだろうか。夏の盛りに比べれば、格段に蚊は居ないし、得体の知れない羽音もしない。鳥の声が秋の空に、鋭く響いている。

今の季節は、雪虫のような、ふわふわとした小さな羽虫が、庭園中の大気を漂っている。光にその羽が雪の結晶のように反射して、命が満ちている気がする。

多分、その中を歩くだけで、いくらかを潰してしまったりするのだろう。命の楽園というわけではない、競争と、淘汰と、運不運、そんな感じだ。


向島百花園は、九庭園の中では毛色が変わっていて、大名やら財閥やらが作った他のThe様式美みたいな庭ではない。多様な四季の植物が、細かく、様々に植わっていて、自然の諸相がより明確に見て取れる。どの柵の内側にも、いろいろな層の植生と、虫と、そういうものが満ちている。命の密度は、九庭園の中でも、ここはダントツだと思う。

ベンチに座って、亀戸で買ったパサパサしたカツサンドを食べている。頭の上を風が渡ると、葉が落ちる音がする。ここはそれなりに都心だから、全くもって静かな場所ではない。鳥や葉の音にかぶせて、直ぐ横を走る明治通りから、街の音が聞こえてくる。が、ここではあまり不愉快には思われないな。