冬の密度

Photo: 窓と雪 2006. Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

Photo: “窓と雪” 2006. Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

東京は暖かい日が何日か続き、街の匂いに春の成分が混じる季節になったが、ニセコは完全に冬だった。


楽天トラベルで安易に選んだ(焼蟹と白老牛の夕食がキーワード)宿だったが、比羅夫あたりの雑然としたペンション街から遠く離れ、昆布温泉(なんて良い名前!)の近くにぽつんと、良い感じに建っていた。

きちんと整理されたロビーは良い印象で、僕が懸念した「でかい木の切り株」や「ビニールのかかった剥製」、あるいは、「お客のポラロイド写真を貼ったコルクボード」の類は無かった。というか、ごくごく、趣味の良いホテルだったのだ。


建物は、流石北海道できちんと断熱されていて、下手に東京のオフィスなどよりも、よほど暖かい。

部屋から眺める林は、数分ごとに大きく表情を変える。時折突風が吹くと、枝の上の雪が、白銀の煙のように舞い上がり、何も見えなくなる。そして、雲が晴れ、一瞬だけ青空が覗く。

その日、落ちた雪も、夜のうちにまた、どっさり枝の上に積る。それが繰り返され、だんだんに量が減っていき、ついに春が来るのだろうと、知ってはいるが、それはまだ遠い先のことに思えた。


「坂一つ上がっただけで、天気が変わりますからね」

確かに。酒でも買いに行くかと、宿から 5分ぐらいの酒屋(その宿の近くにある、唯一の商店)に、のんきに出かけたら、遭難しそうになった。北海道は、冬の密度が違う。

払暁の光

Photo: 手帳 2006. Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

Photo: “手帳” 2006. Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

払暁の光から、空は段々と朝の気配を帯びて、やがて日常の色を成していく。朝 4時に起きるのはつらかったが、こんな景色が見られるならそれも悪くない。

新千歳が大雪のため、引き返す可能性がある旨、機内放送がある。さっき、現地に先行している友人に電話したら、雪はそうでもないらしい。保険みたいなものか。

そうそう、同じ便には T シャツ姿のガイジンのグループが乗り合わせた。何故奴らは世界中のあらゆる場所で、T シャツなのか、おおいなる謎。この便は、北海道行きだよ?


とかいうようなことを、”ほぼ日手帳”に 書きながら、過ごす。旅行に手帳は便利だ。考えてみれば、手帳を持って旅行するのは、学生の時にロスアンジェルスに行って以来。会社に入ってからは、いつも、PDA とか PC を持っていた。電子機器の扱いにうるさくなった昨今、飛行機の中でも気にしないで書くことができるのが良い。それに、なんか、「書いてる」って感じがする。

iCon

スティーブ・ジョブズ-偶像復活
そもそも、僕がコンピュータ業界で働こうと思ったのは、ジェフリーヤングが書いた「スティーブ・ジョブズ」(1989年刊)を読んだことがきっかけだった。パーソナルコンピュータの黎明期を描いた、とても良い本だった。

そして、僕は自分が思ったとおり、コンピュータ業界で働いているわけだが、ITバブルとインターネットの勃興に支えられたエキサイティングな時代は終わり、業界もかわり、一言で言うと「あまり面白くなくなった」。

その今に、もう一度原点に帰ってみるのはどうか。先頃出版された「スティーブ・ジョブズ」の続編とも言える、「スティーブ・ジョブズ-偶像復活」を読んでみた。Apple設立から、取締役会によって追放されるまでの前半を、前書を思い出しながら読み、そして、Pixer設立、Appleへの復帰、そしてiMacとiPodによる栄光の復活劇まで読み進める。


最初のスティーブ・ジョブズを読んでから 15年後に、改めてたどるジョブズの軌跡だが、やはり当時とはだいぶ違う感じ方をした。そして、描かれるジョブズの人間像にも、大きな変化があったように思う。

強烈なビジョンの力を信じ、未来と運命をそれに従わせる力を持った男。そのビジョンは世界を変えると、「信者」達は信じて従ったわけだが、その浮かされたような時代は終わったように見える。しかし、円熟したジョブズのビジョンは、より広い市場へのアプローチを可能にし、iPod や Intel Mac といった、新しい地平を拓いている。

この本の読みどころは、あるいは、後書きの部分かもしれない。印象的だったフレーズを二つ。

あるインタビューで、

コンピュータとテクノロジーについては、「これで世界が変わるわけじゃない。変わらないんだ」
(中略)「わるいけど、それが事実なんだ。(中略)人は、生まれ、ほんの一瞬生き、そして死ぬんだ。ずっとそうだ。これは、技術じゃ、ほとんどまったくと言っていいほど変えられないことだ」

誰あろう、スティーブ・ジョブズの言葉だ。あの、1984のCMフィルムをつくらせた、ジョブズの。

もう一つ、スタンフォード大学の卒業式で

毎朝、「今日が人生最後の日だとしても、今日、する予定のことをしたいと思うか」と自問する

という話。ジョブズにとっての、あらゆることのプライオリティーが変わったのかもしれない。これほどの男が、15年の間にこんなにも変わるのかと思う。とは言っても、同じ祝辞の中で、こうも言っている

「ハングリーであれ。分別くさくなるな」

そこには、革新者としてのジョブズが健在だ。