Internet への接続をはじめてから、もうすぐ 1年

僕が Internet への接続をはじめてから、もうすぐ 1年になろうとしている。

僕が Internet にはじめて参加した 1年前、日本の Internet は狭かった。新しいホームページを作れば、それだけで、見知らぬ誰かが見に来てくれた。Netscapeはversion 1.00 で、ネットの上の商業主義も軌道になんか乗ってなかった。当時 Internet に参加していた奴らは、皆リスクを覚悟していたし、それ以上に Internet に対する自分の直感を信じていた。「こいつは、世界を変える」それは、少し誇らしいことだった。

サイバースペースの時間は、現実の 8倍の速度で進むという。とすると、僕は 8歳年をとった。僕がここに書いていることは、ただの昔話と言うわけだ。でも、僕はこうしてあの時代のことを書けるのが少し嬉しい。なぜって、 Internet が僕らに誇りを持たせてくれた最後の瞬間に、僕は立ち会うことができたんだから。

貴方は誰のために、ホームページを書いてる?

貴方は誰のために、ホームページを書いてる?

私には、自分がいったい誰に見せるために、このページを維持しているのかがよく分からない。プロバイダーからハードディスクのスペースを借りている 私には、訪問者のドメイン名やアクセスの統計が一切分からないのだ。私に分かるのは、日々、少しづつ増えていくヒット数だけだ。

それでも、いただく E-Mail から、勝手な予想はできる。このページを訪れる人のほとんどは、沖縄・台湾関係のサイトを検索してきた人と、私の知人たちの ようだ(Internet とはいっても、まあそんなものでしょう)。しかし依然として、このページを誰が見ているのかは、本当には分からないのである(もちろん、自前のサーバなら ば、相手のIPアドレスからブラウザの種類まで分かってしまう。WWW が使用する http は一般には匿名性の高いプロトコルかもしれないが、ブラウザの前にいる貴方を、だれかが net の向こうから見ていないとは限らない)。

ホームページを開いて、一つ収穫だったのは、メディアを操る人間たちの気持ちが少し分かったことだ。誰が見ているか分からない一方通行の舞台に立っ て、自分をさらし者にしているような、そんな気持ち。そこには当然、「虚飾」と、自分を見せまいとする「殻」が生まれる。私が、匿名でこのページを運営し ないのは、それが、そうした自分と戦うための一つのルールのようなものだからだ。
「今日の一言」のコーナーも、実際に Internet 上にアップロードするまでには何度も修正を加える。ある記述に気分を害した、という E-Mail が来れば、該当個所を削除すべきかどうかちゃんと考える。誰が見ているのかは分からないが、私が誰なのかは分かってしまっているのだ。匿名で運用していた ら、このページがここまでに成長したかどうか。かたい話になってしまった。次は、もう少し楽しい話を書こう。

1996年10月3日。アクセスカウンターは 1500を超えた。