10年

Photo: こってりパイ 2008. Tokyo, Sony Ericsson re.

Photo: “こってりパイ” 2008. Tokyo, Sony Ericsson re.

久しぶりにあった仲間達は、なぜだかことごとく(僕も含めてだが)体重を落としていた。一人はサーフィン、一人は走って(僕だ)、一人はプロジェクトやつれ。それぞれの大人の事情なり、日々の思いなりは、それぞれの体型に、微妙な影響を与えているようだった。

それでも、出会ったときから大食いのサーファーは、僕が集合に遅れた15分の間に、既にバターまみれのジャーマンポテト一皿(けっこうなカロリーだ)を平らげていたし、「俺、酒が入ると食べられなくなるんだ」が口癖のもう 一人は、やっぱり皿の上に冷めきったパイの一切れを置いたまま、延々と煙草を吸っていた。


そうして、考えてみれば、初めての給料で、初めて飲んだ三人が、10年を超えて同じように飲んでいるのだ。話題の内容は、いささか大人びた(メンバーの中には、二児の父もいる)のかもしれないが、そこにある実直さというか、ナイーブさ、みたいなものは、あまり変わっていない。もちろん、それぞれの日々の中では、もっと大人なことをしたり、言ったりしているのだと思う。で も、ある時を共有した友達との間には、そういう琥珀に固めたような空気が、やはりあるのだと思う。

ラストオーダーからだいぶ時間が経って、周囲の客が引けるのと共に、店を出た。そうして、多分、10年後も同じように飲んでいることを、あまり疑うことは無く、手を振って別れた。

発酵食品の賞味期限

Photo: 泡盛 2007. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

Photo: “泡盛” 2007. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

「これ、カビてますよね。この香りは、カビですねぇ。」

一口の泡盛を飲み下したソムリエの顔は、引きつっているんだか、おもしろがっているのか、ちょっと微妙なところだった。プロが言うんだから、本当にカビなのかもしれない。イタリア料理店に泡盛を持ち込むのはどうかと思うが、まあ、面白いから良いか。


この泡盛、味が何だかおかしい。クセがある、という次元を超えた臭い。カビだという人も居る。古民家という人も居る。風呂の残り湯という人も居る。しかし、その何だかおかしい感じが気になって、4合ビンを買ってしまった。

泡盛の専門書に載っている蒸留所の写真を見ると、発酵槽の上に怪しげな竹の簾で覆いがされている。これか?これが臭いの原因か?まあ、とにかく忘れがたい味なのだ。いずれにしても。

この泡盛に対抗して店から出てきたのは、(「ピッタリのをお出しします」と自信ありげだった)賞味期限を危険なほどに無視して熟成させたチーズ。これはこれで、腐った野菜桶に頭を突っ込んだような香りと、過剰なまでのコク。

「発酵ものの賞味期限なんて、有ってないようなもんですからね」

という力強いコメント。そうね、熟成なのか腐敗なのかなんて、そんなのは思い一つね。

ちゃんとした揚げ物

Photo: 路地花壇 2008. Tokyo, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

Photo: “路地花壇” 2008. Tokyo, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

その店を見つけたとき、あまり期待はしていなかった。腹が減ったので、用事が済んでから街の裏手の方を歩いた。そうして、見つけた。

都心でよく見かける、フランチャイズの洋食店。僕のイメージでは、油っぽい揚げ物中心で、店を出てから少しもたれる感じ。値段は、普通ぐらい。なにせ土地勘もないし、それでも良いやと思った。何よりお腹が空いたし、ちょっとビールくらい飲みたい気分だったのだ。


店は空いていて、僕の他には先客が一人いるだけだった。平日の 4時という中途半端な時間なのだから、仕方がない。座ってから、ちょっと失敗したなと思う。うっかり、フライヤーの前に座ってしまった。でも、油の匂いがあまりしない。揚げ物を出す店なのに、カウンターはベタベタしていない。

メニューを眺める。僕は、なんというか今日は海老フライが食べたかった。そして、メンチカツもいいなと思った。もちろん、それを盛り合わせたメニューは有ったのだが、なんというかメンチカツと海老フライは一番高い組み合わせじゃないか。(1250円だけど)でも、こういうので変に妥協すると、後で自分でメンチカツを作る羽目になったりするので、素直に食べたいモノを頼むことにした。

ビール頼むと、キリンかアサヒかを聞かれる。アサヒはあまり飲めないので、聞いてもらえると助かる。450円だけど、柿の種も付いてきた。フロアーをやっているのが奥さんで、厨房が多分旦那さんなのだろう。息が合っている。備え付けの雑誌を手にとって横目で見ながら、店主の作業を見る。

メンチカツは挽肉を合わせた材料を手で丸めるところからつくっている。へぇ、と思って見ていると、海老もパン粉を付けるところからだ。なんか凄くちゃんとしている。よくよく見れば、厨房のステインレスは磨かれてぴかぴかしているし、作業台の上は綺麗に片付いている。海老とメンチを油の中に放り込むと、白髪の店主は、キリッと背筋を伸ばして、フライヤーの中を凝視している。これって、もしかして、きっと、うまいはず。ビールをゆっくり飲みながら、揚げ揚がるのを待つ。


だいぶ時間がたって、お待たせしました、と皿が置かれる。

メンチカツはとても大きく、しっかり揚げられている。海老フライはちゃんと真っ直ぐに伸びていて、千切りキャベツとタルタルソースが添えられている。高価な一品ではない、でも、綺麗だなと思う。僕はまだビールを飲んでいたから、店主は

「ご飯は今でいいですか?」

とちゃんと聞いてくれる。頷くと、ご飯と一緒に豚汁も出てきた。豚肉はあんまり入ってないけど、豚の出汁が感じられておいしい。

タルタルソースをからめて、海老にかじりつく。もちろん凄く上等の素材を吟味しました、というものじゃない。けれど、衣も良く付いてカラリと揚がっている。ビールを飲む、美味しい。メンチカツも、きっちり揚がって、ソースをダラダラかけて食べる。良く炊けたご飯に、ソースと牛脂の甘さがよく合う。いつもの倍ぐらいの時間をかけて、ゆっくり食べる。


カウンターの横に座っていた客が帰って、結局、僕だけになってしまった。手の空いた夫婦は、店の片隅に置かれた、小さなポータブルテレビを静かに観ている。お腹が空いて、それを満腹にしてもらうことの嬉しさとか、感謝みたいな気持ちをちょっと感じる。都心の裏通りの店で、こうやって夫婦できちんと毎日ご飯をつくっている二人が、とても偉いなと思った。