Photo: "酢橘は種が抜いてあります" 2004. Sony Cyber-shot U, 5mm(33mm)/F2.8
松茸を食べに行こう、ということでお店を予約した。普通なら松茸の季節にはもう遅いのだが、幸運にも、今年は暑かったせいで少しだけずれ込んでいるのだ。
店の前で待ち合わせのつもりが、タクシーから降りた時にはもう仲居さんが準備万端で案内に出てきており、そのまま、流れるように部屋まで通されてしまった。昔の茶室を改造した小さな部屋では、少し早めに僕が着いたその瞬間、焚かれた香が消えようとするところだった。
その日は秋にしてはやや暑いぐらいで、半分開けられた窓からは、竹林を通して首都高速のノイズが入ってくる。少し抹茶を飲んだりしながら、残りの人たちを待つ。
やがて、面子が揃って、最初の一皿が出てくる。事前には松茸が食べたい、ぐらいしか言わずに、何が出てくるかはあえて聞かなかったので、一皿一皿が かなり楽しみ。まずは、とても上品に味付けされたずいき(サイトイモの葉柄)、山菜のような苦みを残した慈姑。料理は大変結構で、懸案の松茸も結構だっ た。じゃあ、その料理はこれ以上ないぐらい美味いかといえば、多分、よくよく吟味した居酒屋の当たりの料理とか、頑固オヤジのモツ焼き屋の今日のお勧めと か、そういうものの美味さとはまた違う。僕は一見だったが、にもかかわらず寛げる美味しさ、とでも言おうか。安心できる丁寧な仕事、吟味した素材の質。
むしろ僕の印象に残ったのは、そのサービスというかおもてなしだった。仲居さんを呼ぶ、ということは無くて、だってずっと居るわけで、でも殆ど(な んで殆どかは後述)邪魔にならない。皿の引き方から、酒をつぐタイミング、会話への自然な入りかた、やって欲しいことの聞き出し方と対応。もうちょっとだ け飲みたい、と言ったら、香りの良い升に並々と入った日本酒、升の上には和紙が引かれていて、こぼれないようになっている。きっと、この空間では何でも叶 う、そんな気にさえなる。それらを全部ひっくるめて、美味しかったと思った。
さて、面白いことに、出席者は皆 web 持ち。だから料理の写真が撮りたい。でも、仲居さんが居るとやっぱり恥ずかしい。ということで、仲居さんが(たとえば、皿を奥に下げる時)席を外す一瞬、 皆一斉にデジカメを取り出して撮影。料理が出て、でもなぜか皆お見合い状態、一瞬目を離して戻ってくると普通に食ってるこの人達はなんだろう?と思ったか どうか、、。
それにしても、最後に出てきた巨峰とラフランスのあまりな美味しさと、それにつられて撮る前に思わず食ってしまったとある御方が面白かった。