スーツケースと崎陽軒のシウマイ

Photo: 崎陽軒のシウマイ 2004. Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105.

Photo: "崎陽軒のシウマイ" 2004. Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105.

午前 2時。大阪市内のとあるホテルの一室。目の前には、30個入りの崎陽軒のシウマイが手つかずの状態で置かれている。腹はすでに一杯だ。


大阪へのお土産は、崎陽軒のシウマイと決まっている。毎回、同じ人に、同じものを、あげるのも芸がないので、今回はいつもの倍の30個入りだ。相手 は、今日はメタルのスーツケースを持っている。シウマイを入れるのに、もっとも向かない鞄があるとすれば、それはメタルのスーツケースに違いない。いい感 じだ。スーツケースにシウマイ、カッコワルイ。

打ち合わせも終わって、ちょっと遅い晩飯を食べて、ちょっと(かなり)風変わりなバーに行ってみたりする。マンションの最上階にある、バー。普通に チャイムを鳴らして入るのだ。淀川の向こうに大阪市街を眺めつつ、思いっきり、ベタベタにセレブな感じが演出されるのは、やはり関西だからか。(値段は驚 くほど安い)


夜半、大阪組と東京組は分かれて、僕たちはいい気分で今日の宿に向かう。やっぱり、夜食だろ、というところで「レゲエ飯」をつくるべくコンビニに入って思い出した。
「シウマイ!」
「あー、鞄に入れっぱなし!」

喰うのかよ。(喰ったが)


注:付け合わせはパスタになっております。

楽園を見にいく

Photo: イチジクとメロンの前菜 2004. Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105

Photo: "イチジクとメロンの前菜" 2004. Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105

今回の旅の目的の一つに、「楽園を見にいく」というものがあった。知り合いの両親が、阿蘇の山裾でレストランを開いている。それは、テレビ番組でも 取りあげられた。東京での生活にピリオドをうって、阿蘇に移り住んで、レストラン経営。ある種、画に描いたような話だ。それって、実際どうなんだろう。

カーナビに店名を入力すると、ちゃんと登録されていた(!)のだが、アホなナビは山側から回り込むという非常に難易度の高いコースを設定し、藪を乗り越え、岩陰を抜けて、なんとかたどり着いた。(下からいけば、普通の舗装道路から易々と行けたのだが)


店は手作りで一から建てたという、南仏風の白い建物。庭に向かって大きなテラスがつくられていて、そこからはすぐ近くに阿蘇の山が望める。僕たちは そのテラスに作られたテーブルに通された。山裾の風が吹抜け、白と青のクロスに、籐の椅子が気持ちいい。料理は奥さんと、2人の女性がつくる。メニューを いろいろ見て、せっかくなのでコースを頼んでみる。(正直腹ぺこだった)

いただいたワインを飲みながら、山を眺めていると、シャイな感じのご主人が料理を運んできてくれた。イチジクとメロンを盛りつけたフルーツ仕立ての前菜が目に清々しい。しっかりしたイチジクの実や大粒のラズベリーに、自然のものを食べている喜びがある。

暫くして、不意に蜩の声が止むと、朗々とした雷鳴とともに激しい夕立が訪れる。あっという間に気温が下がり、心地よい。阿蘇の山が雨に霞む。この季節、夕方にスコールのような雨が降るという。


ラタトゥユのごろごろした野菜。全粒粉の香ばしいパンと、よく煮込んだシチュー。バジルの濃い香りに酔うパスタ。お世辞でもなんでも無く、美味い。 メニューのバリエーションは多くない、その分、料理はしっかり考えられている。口に含んだ料理の香りが一段も二段も違う、こんなに強い素材は、土と太陽の ある所でなければ食べられないのだと知る。そう言えば、このテーブルに座ってから、ハーブの強い香りがずっとしている。庭に植えられたタイムの葉だ。

「これは戦いみたいなもんです」

阿蘇の気候で庭を造り、店をきりもりする。日々は、生い茂る植物との戦いだと言う。日本の気候の中で、自分たちの理想とする世界を手探りでつくろうとする難しさ。

それにしても、最初これって本当に儲かるのか?という気がしたけど、お客さんがちゃんと来る。僕たちが食事をしている間にも、ジャガーのセダンに 乗った品のいいカップルが、お茶を飲んで帰っていった。楽園は、そこにあるものではなくて、つくるものだと知る。ここには、楽園を作ろうとする想いがあっ た。

定食屋

Photo: 副都心のあたり 2004. Tokyo, Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105.

Photo: "副都心のあたり" 2004. Tokyo, Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105.

久しぶりに乗った、ある個人タクシーの運転手と、ずっと話をする。都心の個人タクシーの運転手には珍しく、彼はグループに入らない、一匹狼だ。

「つるんでお客さんをまわしあうのは、嫌いなんです」

ちょっと変わってる。


決まったお客も取らないんだという。いつも、街を流している。

「いままで、ずっと乗って頂いたお客さんは 3人しかいないんです」

どうやら、僕は、その 3人目らしい。(でも、めったに乗らないけど)彼が乗せた数少ない「決まった人々」は、皆、出世したそうだ。残念ながら、いつも出世なんかしたくない、と言っている僕が乗ってしまうのはどうかな。

「あんまり偉くなってしまうと、運転手が付いちゃうんで、乗って頂けないんですけどね」

元々は自衛官をしていたらしい。年齢と、個人タクシーになるための資格制限を考えると、最短で個人になったぐらいだと思う。物腰は柔らかく、口ひげと洒落た眼鏡で、タクシーに乗っていなければ何かのショップのオーナーみたいに見える。


乗っている限られた時間、お互いが考えているいろんなことを話す。年齢も、職業も、バックグラウンドも、なにもかもが違う、その時間だけの関係。
「日本は、どんどん悪い方向に行っているような気がするんです」
「そうですね、そう思います」

どちらが言い出した訳でもないが、なんとなく息の詰まるような、嫌な世相。景気が悪い、とかそういうんではなくて、もっと不自由で、不幸な時代の予感。そんな空気への認識を、ふと共感したりもする。


そういえば、出会ってしばらくたった頃、

「学生相手のね、定食屋をやりたいんですよ」

なんてことを言っていた。人にご飯を作って食べさせるのは、確かに、幸せそうな仕事だと思う。(大変だろうけど)盛りのいい、学生向けの定食屋。良さそうだ。それなら僕にも考えがある。

「僕はパン屋がいいなぁ」

と言うと、妙に喜んだ。

「やっぱり、xx さんはちょっと変わってますよ」

あんたに言われたかぁないが。