早朝の堀端は、カメラを手にした人々でごった返していた。にもかかわらず、朝の冷たい空気と、ひときわ静かな桜の花のせいで、騒々しい気配は無かった。全てが、静かで澄み切っていた。
誰もが同じものを撮っている。誰もが美しい桜の姿を創造しようと、撮っている。奇妙な熱気の中で、人々はファインダーをのぞき込み、桜と自分だけの会話をしようとする。沢山の人が居るのに、誰もお互いを見ては居ない。ただ、桜に魅入られるようにシャッターを切っている。
僕も同じ事だ。浅ましいな、と少し思う。
結局、東京で桜が咲いて空が晴れたのは、この日のこの一時だけだった。上がってきたフィルムに写った桜の景色は、今までとは少し違っていて、それは、いつもとは違うレンズを使ったからというだけでは、無いように思えた。