乗り物の速度

Photo: "River boat" 2012. Bangkok, Tahi, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

Photo: “River boat” 2012. Bangkok, Tahi, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

発展途上というか、そいう国に行けば行くほど、乗り物の速度はおかしいぐらい速くなる。

安全とか、人命とか、そういうもののないがしろ度が上がっていく気がする。

自分の国では絶対犯さないようなリスクに、ちょっと乗り物に乗ろうとしただけで踏み込んでしまう。


チャオプラヤ川を走るモーターボートのバスも、そういう意味ではおかしなぐらいの速度を出して、川面を突っ切って行く。これ、ひっくり返ったら確実に・間違いなく死ぬなと思う。


タイの人々がそんなにせっかちだとは思わないし、むしろのんびりしている感じだと思うのだが、この速度はいったいなんなんだろう。

お坊さんも、その鮮やかな袈裟を、川風になびかせている。

「時の流れ」

Connaught Place

Photo: “Connaught Place” 2013. New Delhi, India, Richo GR.

「時の流れ」

なんていう手垢のつきすぎた、陳腐なフレーズの、下衆な歌詞がよくあるが。

ここでは時は、さっぱり流れていない。

いや、流れているのかもしれないが、そのまま海に流れ落ちて、雨雲になって、ものすごい勢いの雨となってまた元来た場所に降り注ぐのだ。


インドでは毎日雨が降った。

倦むことなく、惰眠をむさぼる犬の上にも、物見遊山の僕の上にも。

雨が止むと、草木はびっくりするほど青みを深くして、息を吹き返した。都市は、みっともなく水浸しになり、コンクリの隙間からは赤茶けた粘土が顔をのぞかせた。

倦むことのない繰り返し。流れない。

砂漠の中のサターンロケット

Saturn V S-IVB

Photo: “Saturn V S-IVB” 2011. TX, U.S., Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

サターンロケット。月に人類を運んだロケット。

開発者チームを率いたのは、あのV2ロケットを作ったウェルナー・フォン・ブラウン。

計画は道半ばで中止され、打ち上げられることのなかった機体が、NASAの巨大な倉庫に展示されている。まったく馬鹿馬鹿しい大きさ。背伸びして、その切り離し部分を覗きこむことができた。


中身は、メカメカしい。ボードコンピュータと、見たことのない規格のレセプタ。職人技の無数の配線。当時の技術の粋が結集されたのだな、と一目で分かる。この配線の塊が、人間を月まで運んだのか。

打ち捨てられたメカは、厚い埃をかぶっている。年月に凝り固まり、ラバーは劣化している。だが、もし電気を入れたら、眠りから覚めて動き出すかもしれない。そんなリアリティーが漂っていた。


国家の威信をかけたプロジェクトの成果は、今は砂漠の中の倉庫で眠っている。地上で飢える人を尻目に、ロケットを打ち上げる愚かさを、あるいは思うかもしれない。だが、埃をかぶって目前にあるこの機械には、この国が世界の覇権に向けて突き進んだ時代の空気が、まだ残っているように思えた。


本当は打ち上げられて、大気圏で燃え尽きる運命だった機械だ。

予算は確保されず、計画は道半ばでキャンセルされ、ロケットはここに有る。