「インドに、直行便で行ってはいけない」
という、ガイドブックやら、Webサイトやらのアドバイスを読んだのは、チケットを発券した後だった。
と言う事で、乗ってはいけない直行便でインディラ・ガンジー空港に到着したのは日付が変わって直ぐの深夜。着陸してからゲートに着くまでがとんでもなく長い。あの広大な北京よりも長い。暗闇と雨で外の様子はまるで分からなかった。
匂いがしない。
それがインドで最初に感じた事だった。ゲートから歩いて行くと、どの国でも独特の匂いがする。東南アジアには何かが蒸れ腐ったような、アメリカには甘く人工的な洗剤の、中国にはザラリとした土塊の匂いがある。だが、インドの空港にはこれといった匂いはなかった。意外。
深夜に到着する日本人は、あらゆる手でカモられる。インド旅行という文脈で、必ず語られる通過儀礼。「しょうが無いんですよね、貧富の差が凄すぎるから」と、インド経験者達は皆、したり顔で教えてくれる。
それでも、いつもはなんとか乗り切れるだろうという方向に考えるのだが、今回は違う。絶対ぼらせない、少なくともホテルまでは。。一番の騙されポイント、市街への足は事前手配。出張以外で、迎えを手配したのは初めて。
ホテルへの連絡事項で、しつこく日付を書き、midnight と注記までした。それでも、こんな真夜中に本当に迎えが来ているのか、日付を間違えられていないか、相当心配だったが、迎えはちゃんと居た。すげぇ、インドなのにちゃんと居る。一応、かまをかけてみたが、僕の名前をちゃんと答えた。
空港を出ると、ちょうど新しい管制塔が建設中だった。溶接の火花が滝のように降り注ぎ、小さな人影が蠢くのが見えた。夜中、だよな。
翌朝、目覚めは意外と快適だった。
前夜、ヘッドライトが照らす道は、人や車の通行が途絶え、至る所に銃を下げた警察がバリケードを張る、薄ら寒い景色だった。極めつけに、着いたホテルの入り口では、車は警備員に取り囲まれ、ドアからボンネットから、すべて開けて検査された。なんだこの国は。
そんな寒々しい気配の夜とは打って変わって、朝の窓から見るニュー・デリーは、柔らかい緑に抱かれた街だった。見渡す限り高層建築は無く、巨大な熱帯の木々の隙間から、フラットな建物がのぞいている。重い鉛色の空から雨が降りそそぎ、緑はより濃くなっていく。大きな、緑色のインコが窓の外を飛び回っている。
朝食をとって、まずは、旧市街をめざす。両替はそこでやればいいやくらいに考えていたが、それは甘ちゃんだった。