万年筆、再び

お礼状、という仕来りが世間にはあるそうだ。アシスタントが、名前の部分だけを空欄にして、端正に印刷された礼状を机に並べる。

「こちらに、お名前をお願いします。」

「万年筆とか無いんですけど、ボールペンでいいですかね。。」

「、、いいと思います。。」

まぁ、良くは無いのだろう。だが、持っていないものは仕方ない。書き損じを考慮して、練習用の紙も用意されているのは助かる。手書き文字なんて、ちょっとした走り書きしかしないのだ。

言うまでも無く、僕は中学の時から、文章を書くのは基本的にキーボードを使ってきた。そういう時代が来ると思ったから、どちらかと言えば、努力してキーボードを使うようにしてきたし、Palmの時代から、記録はガジェットに入れるようにしてきた。

それが、手書きのぬくもりだの、メモの大事さだの、改めての手書き礼賛みたいなのはどうなんだ。万年筆はずいぶん昔に1本買ったのだけれど、案の定使い道も無く、インクが固まって、どこかにやってしまった。


しかし、今回の件でさすがに反省して、もう署名だけの用途と割り切り、万年筆を物色。一瞬、YouTubeのレコメンドが文具チャンネルだらけになる。とはいえ、文具愛好家界隈のようなキモチにはどうしてもなれないので、必然的に何か一ひねりあるものを探す。

結局パイロットが出している、キャップレスのノック式万年筆、というものにしてみた。キャップがいらない、というのは画期的。一見するとボールペンみたいで、ロープロファイルというか、全然高価そうに見えないのもいい。ちょっとだけ青っぽい色のインク「月夜」を、もう見栄を張らずにカートリッジで買ってしまう。

日本の文具の技術は世界最高水準、とはいえ、ほんの一週間程使わないだけでペン先は乾いてしまう。インクも思わぬタイミングで切れる。しかし、元が不便なものだと割り切って常用を諦めれば、そんなに悪くない。それに、落書きの楽しさというのに目覚めた。そう、電子的なものでは、なかなかできないのが、落書き。マウスでは落書きは出来ないし、タブレットを用意して落書きをするというのちょっと違うのだ。

芋がらの汁物

Photo: “Okinawa dish.” 2023. Okinawa, Japan, Apple iPhone 14 Pro Max.
Photo: “Okinawa dish.” 2023. Okinawa, Japan, Apple iPhone 14 Pro Max.

首里城の外周に沿った県道の道すがら、容易に見落としてしまう径の入り口に、店の看板が出ていた。用水路?にかかる小さな石橋を渡り、細く急なコンクリートの階段を上がり、民家の玄関が右手に突然現れる。同僚がドアを開けると、「いらっしゃい」と、店員ではなく、彼が小上がりから出迎えた。僕は4年だが、その同僚との間にはもう、20年の空白の時間が過ぎている。

店はもともと下北沢にあった。今、故郷の沖縄に帰り、小高い丘に沿うように建つ。くの字型の住宅のような建物は、一階部分が店になっている。いかにも民家のような作りで、居抜きかと思っていたが、相当に改装されているという。「ずっと見てたんだけど、いろいろあったんだよ」と彼は言う。

彼が、下北沢の店に行き始めたタイミングというのは、あるいは僕たちを連れて行ったのが最初なのかもしれない。それからやはり20年が過ぎている。


芋がらの汁物、酒粕で漬けられたぐるくん、そういう手間暇がかかったものを食べる。決まったレシピを機械のように正確になぞったものではない。その時の材料で、店主が経験と感性で作っているものだ。だから、例えばうりずんで出てくるような沖縄料理とは、また違った味がする。その人の、個性の味がする。

さて、会社を辞めて20年、沖縄でどうやって生活してきたのか。震災以来、定職には就いていないと言うが、心病むわけで無く、困窮するわけで無く、それなりにいろいろ有るとして、まずは健やかに過ごしている彼の秘密を探りに、期限が切れそうな特典航空券を引き換えて、同僚2人と連れだって冬の沖縄にやってきた。

キーボードを買いに行く

Photo: "Kanda River" 2002. Tokyo, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss Sonnar T* 2.8/35, Kodak 400TX.
Photo: “Kanda River” 2002. Tokyo, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss Sonnar T* 2.8/35, Kodak 400TX.

全てはネット通販で買うという信念があるのだが、キーボードを通販で買う度胸はなかった。秋葉原に向かう。雨の降る、蒸し暑い秋葉原で、キーボードの揃えが良いというパーツ屋に行ってみる。開店したばかりの時間帯だったが、店内にはやっぱりちゃんとマニアが居て、高校生か大学生か判然としないが、友達同士で周辺機器を選んだりしている。そういうのはとても良い景色で、受け継がれる何かだな、という気がする。

在宅勤務では、Logicoolのキーボードを使ってきた。今さら、プログラマー御用達の拘りキーボードでもないだろうと思ったのだ。しかし、日がな一日メールを書いていると、面白みのない(社会に適合した)キーボードの打鍵感にイライラしてくる。家なんだから、カチャカチャしたキーボードが打ちたいと思ってしまう。昔、テックパーツのADB(Apple Desktop Busだ。言うまでも無く)のキーボードをMacで愛用していた。カチャカチャ五月蠅かったけれど、コンパクトで値段も手頃、打ち心地がとても良かった。


少し調べてみると、テックパーツのキーボードに使われていたのは、ALPS黒軸と呼ばれたメカニカルスイッチだったようだ。現代で言うと、青軸がそのAPLS黒軸に多分近い。メカニカルスイッチのタイプライターのような(そんなものを使ったことは無いが)、打鍵音と感触には、成果を生んでいる感がある。成果?キーを叩くことが成果だろうか。少なくとも、十分なフィードバックは得られる。もう一つの特徴として、テックパーツのキーボードは、犯罪的に巨大なApple純正の拡張キーボードに比べて、格段にコンパクトだったのだが、そのキーサイズは今で言うロープロファイルに当たるようだ。

要件をまとめると、US配列のテンキー付きフルキーボードでMac/Win両用。ロープロファイルのメカニカルスイッチ青軸。バックライトはホワイトのみで十分。有線と無線両方対応で、Bluetoothの接続先を2-3系統切り替えられればなお良い。他に無駄な機能は不要。


実は、ロープロファイルを選んだ時点で選択肢はあまりない。諸々考慮すると、KeychronのKシリーズが一番希望に近そうだ。ゲーミングPCというような所には縁の無い僕は、全く知らないメーカーだったが、2017年創業の香港の(ほぼ)キーボード専業メーカーだ。最初に行った店にはフルキーボードは展示されて居らず、結局、秋葉原ヨドバシのキーボードコーナーが一番揃いが良くて、目指すモデルを試すことも出来た。在庫もあって、価格は2万円弱。HHKとか、REALFORCEとかの国産ハイエンドに比べると安く感じるが、キーボードばかりは自分に合うものが一番良い買い物だ。

買ったモデルは、キーボードブラケット脚(そういう名前だとは、今まで知らなかった)が付いてこないので、結局手首の角度が辛くなってしまった。パームレストを買ったり(これはLogicoolのものが良かった)、キーボードスタンド脚(ESC Flip Pro、まぁまぁの値段だが、納得出来る品質だった)を追加したりしてどんどん費用がかかっていく、のは予想通り。これらの追加で、ミスタイプは大きく減った。

キータッチは納得して選んでいるので、もちろん文句はない。Bluetoothのホスト側アダプタとの相性がかなりシビアで、Windows機では別途Bluetooth 5.0のレシーバを付けないとうまく動かなかった。リモート会議で打鍵音を拾ってしまうのでは?というのは杞憂で、AfterShokz OpenCommのマイクでは打鍵音は拾わないようだ。バッテリの持ちは悪くなくて、丸一日使っていてもWorking dayは持つ。ただし、オートスリープを切って運用すると、一晩でバッテリー切れになる。だからオートスリープでの使用が原則になるだろう。アニメーションパターンを持つバックライト機能は使わないと思ったが、Bluetooth接続がアクティブになっているかどうか、よく分かるので、結局は便利に使っている。スリープになっているときは、Shiftなどを押して「起こして」やる必要がある。


一日の疲れてきた終わりぐらいに、指が怠いような、そんな気分の時に、小気味よく反応するキーボードは、いささか爽やかに感じる。リターンキーを「ターン」とやるあの心理が、全てのキータッチで得られる、と言うと少し伝わるだろうか。ひんやりした金属筐体も、オレンジ色のアクセントカラーのESCキーも(通常塗色のキートップも同梱)気に入っている。結局、キーボードを気にする人間は、キャリアが何年になっても、キーボードを気にするのだ。