出荷量がだぶつきみの豚肉

今年は、出荷量がだぶつきみの豚肉が、安いらしい。

そういうわけで、このあいだ、青山で昼飯を食べたときに、(青山っぽくはない代物ではあるが)なかなか美味しかった豚肉を使った料理をご紹介する。


材料:

豚ロース肉
大根
あさつき
小麦粉

キャベツ
ポン酢(市販のもので良い)

作り方:

  1. 豚のロースを、天麩羅にして揚げ、揚がったら一口大に切っておく。
  2. キャベツの千切りの上に、豚ロース肉の天麩羅をのせ、たっぷりの大根おろし、刻んだあさつきをのせる。
  3. 食べる直前にポン酢をたっぷりかける。
  4. 出来上がり。超簡単。

* あさつきがなくても、喰えないことはない


サクサク感の残る衣に、ポン酢のしみた大根おろしがなんともさっぱりしている。

自宅でやると、どうしても揚げ時間が長くなるため、いきおい衣がフリッターのようになりがちだ。(事実、なった)それでも、見た目の割に、美味しくできあがる。

注意点としては、出来上がりの見た目は、あまり美味しそうではないので、途中で諦めずに、ぜひ味わって確かめて欲しい。

注:作者は無類の「ポン酢好き」なので、その分を割り引いて読んでいただきたい。

うんこプロバイダ

今回の今日の一言には、一部に、「排泄物」を意味する言葉が使用されており、不愉快な気分がするかもしれません。ご自分の判断と責任でご覧下さい。

村上春樹の小説、「1973年のピンボール」で繋がっていたのは配電盤だったが、今はいろんな繋がりかたがある。

携帯電話。

いつも誰かと、ひっきりなしに携帯で話している人がいる。あるいは、電車に乗っている間、携帯にずっとメールを打ち込んでいる人がいる。僕は、携帯電話の存在自体に関心が無い。ただ、世の中から行方不明にならないように、一応持ってはいる。雪山のビーコンみたいなもの。

僕の携帯にかければ、いちおうはつながる。ただし、僕は着信音が大キライなので、常にマナー・モードにしている。お陰で、着信に気がつかないことも 多い。それでも履歴や伝言は残るので、用は足りる。もちろん、端末の機能もほとんど使わない。登録した電話番号の消し方さえ知らない。お陰で、友達の番号 が変わると、どっちが新しい番号か分からず、大変困る。

ようは、携帯なんてどうでもいいと思っている。だから、自分の部屋で携帯がときどき圏外になっても(事実、よくなる)別になんとも思わない。通話がぶちぶち切れても怒らない。しかし、Internet への接続となると、話しは別だ。


Internet。

通勤や飲み食いの時間を除けば、平日の僕は常にオンライン状態である。会社にも家にも、Internetの環境が整っている。良いことだとは全然思 わないが、どちらも常時接続なので、つなぎっぱなしの環境に慣れてしまった。だから、家のプロバイダがおかしくなって、Internetにつながらないの は、とても困る。家に帰ったら、テレビがつきませんでした、というぐらいに困る。別に、Internetにつないで何をしているわけでもないけど。

そういう訳で、今のプロバイダには、かなり不満がつのっている。もうプロバイダの悪口はよそうと思っているのだが、最近の、週に 1、2回は接続不能という状況は、なんとも酷い。AT&T のことではない。AT&T は、とても良い。そうではなくて、常時接続に使っている、地元のケーブル・プロバイダの方だ。

プロバイダに恵まれない人は、いつまでも、よいプロバイダを求めて乗り換えつづけるという。僕は、そう簡単に乗り換えたりしないが、恵まれているとは言えない。AT&T をのぞけば、僕の選んだプロバイダは、どれも「うんこプロバイダ」である。

どうも、僕には「うんこプロバイダ」に繋いでしまう天性の素質が備わっているようだ。前のプロバイダも酷かったが、今回のもかなり酷い。僕は、「う んこプロバイダ」と付き合って 5年近くになる。従って、もはや「うんこプロバイダ」に対しての期待度はかなり薄い。IIJ や AT&T のようなブランド・プロバイダならともかく、「うんこプロバイダ」に妙な期待はしていない。

僕は、メールが送信したいとか、ニュースグループが見たいとか、ホームページをつくりたいとか、そういう期待はしていない。まして、楽しいコンテン ツサービスとか、ポストペットが飼えるとか、そんなものも望んでいない。Internet にデータが流れればなんでもいい。メールと Web は AT&T を使うから、「うんこプロバイダ」は回線さえ上がっていれば良いのだ。しかし、そのささやかな期待さえ、運の悪い日は叶えられない。

最近、このケーブル・プロバイダを、外資系の某企業が買収した。黒船パワーで、どうにかしてくれるだろうか。それとも、なんちゃって外資系路線で、このままだろうか。なんにしても、僕は、このプロバイダの怪しげな回線で、繋がっている。

注1:それでも、月 8,000円ぐらいは DoCoMo に支払っているので、使ってはいるようだ。
注2:ケーブル・プロバイダは、つながってしまえば 512kbps(ISDN 1チャンネルの 8倍の帯域幅)の回線なので、ちょとした会社のオフィス並みの速度が出る。24時間つなぎっぱなしで料金一律。
注3:技術的に説明すると、DHCP サーバと、DNS サーバ(プライマリ・セカンダリとも)が落ちるので、何も出来なくなってしまう。2時間ぐらいで直る、こともある。

焼きイモ屋

寒い季節に生まれた羊ページの作者は、最近、誕生日を迎えた。年齢を重ねる毎に、少しだけ思いを馳せるのは、自分がここまで積み重ねたもののこと。そして、他の人たちが、同じように積み重ねるもののこと。

人は、その短い一生の中で、自分なりの歴史と経験を積み上げ、自分のカタチをつくっている。それを変えようとすることは、その人の内面を、深く否定することに繋がりかねない。カタチは、結果にすぎない。

だから人は、そんなには変われないと、僕は思う。変わりたい、あるいは、変わって欲しいと願っても、裏切られることは多い。特に、自分が変わって欲 しいと願った人に、裏切られることは、辛い。実は、誰かが誰かを裏切るわけではない。心の中に生まれた希望が、現実の固まりの中で、砕け、失望に変わるだ けのことだ。それでも、そうして生まれた失望が、とても苦いことに変わりはない。

考えてみれば、自分自身が変わることも難しいのに、他人に変われと期待すること自体、おこがましいのかもしれない。現実の世界ではむしろ、そうした 「変われないもの同士」に、どう折り合いをつけ、どう受け入れるのかが大切なのだろう。そのステップを越えることができれば、その先で少しだけ変わること が出来るかもしれない。
「かもしれない」だけだが、それが、希望だ。


この前聞いた、焼きイモ屋のアナウンス。
「甘くて美味しい石焼きイモが 1,000円で 3本以上の安心価格、一本からでも承っております。」

最近の焼きイモ屋は一味違う。昔、焼きイモ屋の掛け声と言えば、「ほっかほか」だとか、「とにかく、ほーっかほか」だとか、そういうお決まりの文句 だった。そして、いざ買ってみると、やけに高い値段を吹っかけられたりしたものだ。その焼きイモ屋が、具体的な値段でアピールするなんて、驚きだ。不況の 時代、焼きイモ屋も変わった。

買ってみれば、値段はともかく、イモは相変わらず水っぽい。所詮は、そんなものだ。それでも、今度こそはと思って買ってみる。それも、希望、と言うのかもしれない。焼きイモ屋だって変わるのだ。

注:実際は、作者は焼きイモがあまり好きではない。