芸術&写真&音楽の記事一覧(全 92件)

羊ページは、今日で 5周年

こんにちは、羊ページです。そう、5年が経ったのです。


羊ページは、今日で 5周年を迎えた。単純に言って羊ページは、1825日間インターネット上に存在し続けている。1825日の間に、僕は学生を卒業し、幾つかの恋もし、いろいろ手に入れていろいろ失って、そしてここに居る。

振り返ると、僕自身は全然変わってしまった。そして、全然変わっていない。同じように羊ページも大きく変化し、そして変わっていない。


最近好きで聴いている音楽は、ボサノバ。日曜日の午後なんかに、聴くともなく流していると、なんとも暖かい気分になってくる。歌手の小野リサがこんな風に言っていた。ボサノバは、何かを押しつけるのでも、主張するのでもない。でも、存在している。そして、みんなが好き。

羊ページがやろうとしていることは、本当はそんなことのような気がしている。それが、5年目の気分。

参考:さて本日の BGM は、Lisa Ono, Colecao -the collection-, 2000, MIDI Inc.(MDCL-1366) です。ベストアルバムなので、初めて買うボサノバには良いのではないかと。

視線のエロス

煎餅を囓りながら、久しぶりにフランス映画を見る。
視線のエロス。
どちらかといえば、見ていて疲れる映画。フランス語、字幕を丹念に追わないと、内容が分からない。
「記憶は、情熱を留めておくことができない」その言葉だけが、心に残る。
だからこそ、耐えられることもある。そうじゃないだろうか。

注:べつにエロエロな映画ではない。邦題がめちゃくちゃなだけだ。

志賀直哉を読んでいる

最近、志賀直哉を読んでいる。

普通、日本の学校に行っていると、中学か高校あたりの国語の授業で「城の崎にて」という短編小説を読むと思うが、志賀直哉はその作者だ。本の内容と その感想は、そのうち(近くはない将来という意味だと思ってください)[小説鑑賞]の方に書くと思うので、志賀の小説全般を通して感じたことを少しだけ書 いてみる。

志賀直哉の文章ってどんなの?と考えると、難しい。あえて言うと、これこれではない、ということが多い。つまり、ドラマティックではないし、文学の 薫り高いわけでもない、冷めているわけでもない、退廃的ではない、情熱的でもない。むしろ、いろんな印象を取り去っていくと、志賀の文章が見えてくる。

志賀直哉の作品は、私小説と呼ばれるものだそうだ。それって、あえて言うなら、Web日記みたいな感じ?そうなのだ。物凄く大胆に言ってしまえば、 Web無き時代のWeb日記。読まれることを前提にした、私的な文章。そんな、志賀直哉の小説を読んでいて僕が感じたのは、ある種の安堵だった。

僕自身、4年以上にわたってこの[今日の一言]を書きつづけてきて、自分の書きたいものとか、書きたい文体とかがほんの少し分かってきた気がする。 それは、今ある普通の小説のような物よりも、むしろ志賀が書いていたような、これこれではない、という感じのものだ。志賀の文章を追いながら、僕は何度も こう思った。

これが文学?これでいいの?そうか、こういうのを書いて良いのか!自分でも、こういうのを書いていいのか!

もちろん、志賀みたいな文章はいくらでも書けるとか、そういうことが言いたいのではない。ただ、自分の心を、こんな感じで文章にすることが、たぶん間違ってはいないのだ、ということに気がついた。それが、僕の感じた安堵の理由だった。