カブトムシ氏 去る

来たときと同じように、カブトムシ氏は実に勝手に、去って行った。

少し前からひっくり返ると、なかなか自分で起きられなくなってきていたし(小枝で転倒防止にはだいぶ工夫はしたのだ)、バナナもあまりうまく食べられず、水分のを多いブドウをよく食べていた。だんだん、寝ている時間が増えていった。

会社から帰ったある日、好物のバナナとブドウの上で、じっとうずくまっているカブトムシ氏が居た。ひっくり返ってもがいていたら困るなと思って居たから、ホッとしたけれど、もう目に光はなくて、いつもの寝ている様子とも違っていた。複眼に光も何も無いと思うのだが、なんとなく分かるのだ。


子供の頃、蚊取り線香を横切ったカブトムシがひっくり返ってしまい、泣く泣く埋めたら、小一時間後に自力で這い出てきたトラウマというか鮮烈な思い出が僕には有って、こいつらの生命力にはそうそう騙されないと思い、一晩そっとしておいた。

翌朝、やはり同じバナナの上で、彼はうずくまったまま、静かにしていた。持ち上げてみると、驚くほど軽い。そして、少しも動かなかった。眠っているようなカブトムシ氏を、敷き詰めた小枝の上に戻して、蓋を閉じた。

4ヶ月30日、子供が飼ったらなかなかこんな長期間にはならないだろう。まさに、「大人飼い」。季節外れの国産ブドウを探すのはえらく面倒だったが、勝手に来て勝手に去って行った住人が居なくなるのは、やはりさみしい気がしたのだった。

“カブトムシ氏 去る” への2件の返信

  1. ずいぶん長生きしてくれて、世話したかいがありました。色々発見もあったし。

    彼の食いつきっぷりから、成城石井のバナナは、やはりクオリティーが高いことが分かりました。

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