雨のチャイナタウン

Rainy china town

Photo: "Rainy china town" 2010. Kuala Lumpur(KL), Malaysia, Sony α900, Carl Zeiss Planar T* 85mm/F1.4(ZA)

僕は、どこかに旅行に行っても、お土産というものはほとんど買わない。特に、自分のための記念品的な土産というものは、まったく買わない。しかし、仕事で渡航すればある程度の義理もあるわけで、チャイナタウン近くの怪しいショッピングモールで(秋葉原のラジオ館が土産物屋になったような雰囲気、といえば通じる人には通じるだろうか)たいして味には期待できない、中国製のマレーシア土産のお菓子などをさんざん買って(それでも、空港で買うのに比べたら、ずいぶん安い)、晩ご飯のためにいよいよチャイナタウンに行ってみるかと、モールを出たところで、南国の夕方の雨につかまった。


カラカラに渇いたコンクリートが、生暖かい雨を吸い込む。皆、あまり慌ててはいない。こんな雨は、ここでは多分良く降るのだ。歩道の脇に掘られた、驚くほど深い水抜き用の水路は、深さが一メートル近くもある。子供が落ちたら、とは思うが、この溝を埋めるような大雨がこの街を襲う事が、雨期にはあるのだろう。

首から提げているカメラは酷く濡れた。本体は一応の防水が施されているはずだが、それにしても、あまりレンズを濡らしたくは無い。近場の、本屋とドラッグストアが合体したような店に寄って、傘を買う。今だけ使うにしては少ししっかりしすぎているし、少し高い。雨の日の本屋の匂いは、日本と同じだ。リノリウムの床が、キュッと鳴る。


チャイナタウン入り口の交差点。夕暮れと雨が、景色を作っている。喧噪が雨音に静まる。横浜中華街の関帝廟と同じように、ここにもやはり関帝廟がある。門は閉ざされ、人は誰も居ない。良くできたルイビトンや、良くできたプラダを並べる露天が、奥へと続いている。

いままで仕事で過ごしてきた、日本で言えば六本木ヒルズあたりのすかしきった場所とは違って、ここには生活の匂いがする。専門学校生だろうか、若い女の子達が、いそいそとビルに吸い込まれていく。

どこから来た猫?

a cat in Malacca

Photo: “a cat in Malacca” 2010. Malacca, Malaysia, Sony α900, Carl Zeiss Planar T* 85mm/F1.4(ZA)

マラッカの猫は、どこからやってきたのだろう?この半島に、猫が昔から居たとは思えない。

マラッカは古くから海上交易の要衝だ。無数の船がここに投錨し、無数の人たちがここに滞在し、あるいは骨を埋めたことだろう。


今、僕のまえで長く伸びているこの猫も、その祖先は船乗りがねずみ取りのために、遙かヨーロッパから連れてきたのだろうか。あるいは、その古風な体型と顔立ちを見るに、エジプトあたりの猫発祥の地から、乗り込んできたものだろうか。

マラッカの猫の体は皆小さく、ほっそりしている。日本の海の近くの猫は、餌がよいからみな体格がよいが、ここの猫たちはそういうものでもないようだ。

飼われているのか、あるいは、そこに存在しているだけなのか、それもよく分からない。が、モスクの広場で超然と昼寝にいそしんでいる彼の目線は鋭い。


イスラムの猫だなぁ、と勝手に合点し、起こしてしまった事を詫びて立ち去る。彼の祖先は、イスラム教徒と共にダウ船に乗ってきたのかもしれない。

窓を一枚撮る。美しい。

Photo: a window in Malacca 2010. Malacca, Malaysia, Sony α900, Carl Zeiss Planar T* 85mm/F1.4(ZA)

Photo: "a window in Malacca" 2010. Malacca, Malaysia, Sony α900, Carl Zeiss Planar T* 85mm/F1.4(ZA)

いきなり連れて行かれた蜂蜜農場と、マレーシアの伝統住居展示場は、ツアーに対する我々の懸念を悪い意味で裏切らなかった。腹に詰め物をした仮面の若者が、ステージでおどけて踊る謎の民族舞踊を見ながら、我々のテンションは最低に近づいて行った。まさか、マラッカの観光というのは、伊豆周辺観光スポット巡りのような物なのではないか、その懸念が頭を過ぎる。

移動するバンの窓から見える町並み。炎天下にうずくまるように建つ、低層のコンクリート打ち放しの民家は、たいぶ沖縄あたりの町並みに似ていた。あるいは、サイパンあたりで見たことがあるような気もする。そんな日常の風景に和みもしたが、がっかりもしていた。お昼少し前の時間、外に人影はない。これが、マラッカ?


それから数分、メルセデス・ベンツのおんぼろバンが、いわゆる世界遺産としての「マラッカ」の街に入ったとき、僕たちは思わず声を上げた。それまでの、炎天の下で寝ぼけたように広がっていた現代的な住宅地が、突然、赤い土壁に白い文字がアクセントのオランダ統治時代の町並みに変わった。

目が、一気に覚める。鮮烈な白や黄色の壁、西欧と中国の要素が混在した建築が、どこまでも続く街路。どこにレンズを向けても、写真になる。「そりゃ、ここに行けば良い写真が撮れるよな」とあきらめにも似た羨望で眺める、そんな景色が突然眼前に広がった。

バンを降りて直ぐに、窓を一枚撮る。美しい。