雅叙園の茅葺き屋根

Photo: “Tofutei”

Photo: “Tofutei” 2019. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

目黒雅叙園の中には、ひときわ目立つ茅葺き屋根の古民家みたいなものが建っている。あそこに行く度に気になってはいたが、そこは仕事の現場だからあまり追求したことは無かった。

で、ゲストのテキサス人が、そこに行きたいと言う。一昨年ぐらいに久しぶりに日本に来て、彼は、そこで日本の魅力を再発見したと言う。それから、ちょくちょく、いろんな理由を付けて日本に来るようになった。朝から登壇のために詰めている雅叙園の中で、件の建物がどうにも気になっているようだった。

さて、あの建物は確かに行ったことがない。だいたい中に入れるようなものだろうか。何、調べたって?あれはレストランなのか。

やたらテンションが上がっている180cmオーバーのテキサスレンジャーを連れて、茅葺き屋根を潜る。予約必須みたいな気配を漂わせているが、試しに入ってみると、空いていた。


微かに香の薫りがする廊下を行き、やたらに大きな部屋に通された。螺鈿細工を柱から天井から、床の間の違い棚にまで施した、実に豪奢な内装。これは凄い、と日本人の僕は思った。彼は、どう感じただろうか。

メニューはテキサスっ子にも良さそうな、すき焼き御膳的なものを選んだ。器も、盛り付けも、サービスも、こういうゲストを連れている人にとって、そうあって欲しいと思うものだった。味は外さない、結構なもので、多分初めてあらたまった感じの(それまで居酒屋ぐらいしか連れて行かなかったので)日本料理を前にして、彼が嬉しそうにしているのを見て、僕も嬉しくなった。


それから1年以上が過ぎて、当然アメリカから誰かが日本に来るという事は無くなった。彼も来日を希望していたが、そうもいかないまま、時間が過ぎた。アメリカの会社には、定年というものは無いと聞く。そんな彼も夏の終わりに引退を決めて、お別れのメールが来た。残念だな、とは思ったけれど、この業界で成功裏に引退出来るのは良いことだ。

螺鈿の燦めく部屋で撮った、彼の写真を送っておいた。せわしないランチだったが、僕にとっても良い思い出なのだ。

アメリカでそんな小さいスープがあるか!

A Cup Of Crawfish Bisque Soup And A Bowl Of Crawfish Bisque Soup

Photo: “A Cup Of Crawfish Bisque Soup And A Bowl Of Crawfish Bisque Soup” 2011. U.S., Apple iPhone 4S.

いわゆる「グループディナー」。好きではない。

たいてい、出張の初日や最終日(あるいは毎日)に、チームの親睦を深めるべく企画される。見知らぬガイジンと食事を共にするのだから、楽しくないとは言わないが、けっこう疲労困憊する。日本で言う「飲み会」というのとは違うので、最悪、すべてソフトドリンクで進行する場合もある。まあ、仕事なので仕方ない。


これが何度目のグループディナーだろう。仲良くなる、と言う事が仕事の一端であるからには、出ないといけない、と自分には言い聞かせる。地元料理のレストランに現地集合。テキサスの人々は、結構飲むので、料理の分量がおかしいことを除けば、やりやすい。

普通、料理はホストが選んでくれるものだが、今回は流れで、メニューは各自が勝手に選ぶ、と言う事になった。ガイドブックも無いし、文字だけでさっぱりイメージがわかない。写真メニューのある日本は、本当に偉大だと思う。

アメリカでも南のほうなので、料理は南部っぽくて、ザリガニとかガンボとか、そんなものが多い。向かいの席の小熊のような体格の Adam は、エビのベーコン巻きを強烈にお勧めしてくる。

でも、僕はザリガニが食べたい。ずーっと前にニューオリンズで食べたザリガニは、とても美味しかった。


戦略が必要だ。メイン1皿だけで満腹になる事は目に見えている。サラダを頼むのも、危険だ。八百屋の店先みたいな大きさのが来るに決まっている。

よく見ると、ザリガニのビスクスープには「カップ」という設定がある。これならば、スープを頼んで、別にメインを頼める。これは名案だ。ザリガニスープと、メインには Adam お勧めの、海老のベーコン巻きを注文。これで、親切な Adam の顔も立つというものだ。

その Adam は、パスタの上に、巨大茹でタラバガニが乗る、謎の料理をガボガボ食っている。これ、別々に盛れば良いんじゃ無いだろうか。蟹に味付けはされておらず、添付の壷に入った溶かしバターをどっぷり浸けて頂くのがお作法のようだ。見ているだけで、満腹になってくる。


運ばれてきたビスクスープは、思った範囲の大きさで、味もコッテリと申し分ない。僕が満足げにスープを飲んでいると、Adam がギョッとした顔でこちらを見ている。

「おい、それは一体何だ?」

何だって、スープだよ。

「なんてことだ、アメリカでそんな小さいスープがあるか!!ちょっと待て、店に文句を言ってやる。」

いや、待て、俺はこれで丁度良いんだ。あえてこの大きさなんだ。問題ないんだ。

「ちょっと、お姉さん、そんな小さいカップじゃダメだ。可愛そうだ。ドーンと、でっかいボウルで持ってきてやってくれ。ここはアメリカだ!アメリカでそんなサイズはダメだ!!!」

アメリカはでかくなくちゃダメなんだ。バーベキューグリルも、テントも、全部荷台にぶち込めるような、でかいピックアップトラックに乗らなきゃダメなんだ。薄々、この国はそういう価値観なんだろうと思っていたが、ここまではっきり言われたのは初めてだった。

ウェイトレスはニッコリとして、そして、すぐにサラダボウルみたいなスープが置かれた。