「今夜は蟹に行きましょう!」

Chilli crab

Photo: “Chilli crab” 2016. Singapore, Apple iPhone 6S.

「今夜は蟹に行きましょう!」

という宣言に、誰も反対する者は居なかった。一生懸命頑張ったからね。

市街中心部から車で 15分、ゲイラン。所謂、シンガポールの公娼地域。食欲と性欲が隣り合ったような、猥雑な地域に蟹屋がある。以前行った、サービス最低味最高の店の本店だったりするわけだが、サービスはまだこっちの方がマシだ。


蟹、やっぱり結構高い。後ろに立つ店員のババアのプレッシャーに耐えながら、慎重にメニュー構成を吟味する。絶対に外せないチリソースの蟹と、海老の胡椒炒めが軸になる。問題は、蟹も海老も、グラム単価だという点だ。(時価では無いだけマシだが)

中華系のババアの言うなりに注文すると、間違いなく大変な事になるのは目に見えており、まくし立てられる言葉をゆっくり受け流しながら、前菜、海老、蟹、焼飯とゆっくり決めていく。決して焦ってはいけないし、余計なものも頼まない。ン?カエル?んまいの?オススメ?

一種類ぐらいは挑戦で入れてみたカエルのフライ、実は衣の絶妙な味付けと、臭みの無い上品な白身で、とても良かった。


赤線のど真ん中の店にもかかわらず、客層は、旧正月の食事に来ている家族・親戚連れ、そして職場の同僚。つまり、ここは美味しいのだろう。

急に、店内に爆竹の音が鳴り響き、向こうのテーブルの一座が席から立ち上がり、箸で紅い色の料理をかき混ぜはじめる。旧正月のなにかの儀式のようだ。(あとで調べると 60年代に「つくられた」お祝い料理だそうだ)爆竹はスピーカーから流れるサウンドエフェクトだったりするところが、いかにもシンガポール。

例のババアになんの料理か聞くと、「魚生」と呼ばれる生魚を使ったサラダのようなものだと言う。早速売り込み攻勢をかけてきたが、値段を聞くと、なんかご祝儀相場で 8,000円ぐらいする感じ。蟹ぐらい高い。しかも、この暑さで生かよ!という怖さがあって頼まなかった。

さて、どろっとしたチリソースをまとってやって来た蟹は、立派な殻に覆われて、期待を裏切らない美味しさ。ババアの高いオススメを無視して頼んだ、一番安いシンプル焼飯に、ソースと身をたっぷりかけると、犯罪的な美味しさになった。

シンガポールに、好んで行きたくない。

Marina Bay

Photo: “Marina Bay” 2012. Singapore, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

シンガポールに、好んで行きたくない。仕事じゃなかったら、絶対に行かないだろう。住むのはどうだろう?

お金が(凄く)あるなら、そんなに住み心地は良いはずだ。冬は無く、年中暖かい。でも、観光に行きたいとは、僕は思わない。

だいたい、シンガポールがマレーシア半島の突端に有る事だって、三年前の僕は知らなかった。それが、国であり、首都であり、それで全部なほど、小さい国だという事も知らなかったのだ。


うまい晩飯を食いに行こう、という事になった。昼メシのケータリングは、トラウマになるぐらいの不味さだった。夜の国道では、F1コースに照明を取り付ける作業が世を徹して行われていた。予想よりも、随分歩いている。

No Signboard Seafood Restaurantのトリップアドバイザーの評価は、美味い、景色が良い、リーズナブル、接客が最悪、いつも混んでいる、おおまか、そういったところだ。マリーナベイサンズを望むレストランには、確かに観光客の行列ができていて、その先に立ちはだかっている中国系の受付のオバちゃんからは、ホスピタリティとは真逆の、例の、中華的無愛想さが存分に漂っている。

日はとっくに沈んだものの、外は果てしなく蒸し暑い。

「中で食べたいんだけど。」

「予約は?無いなら外よ。ほら、あのテーブルよ。」

最悪だ。日本の満員のチェーン居酒屋のバイトだって、まだましな対応をする。この時点で帰りたくなったが、しかし、喉も乾いて、腹も減った。

中国系の店はすぐ分かる。食器を大事にする文化が無い。食べ残しも、箸も、ナプキンも、吸殻も、食器も、全部バケツに放り込む。最初見た時は、かなりショックを受けた。まさに、そうした中華的片付けによって用意された我々の席は、天井のサーキュレーターの真下に位置していて、思ったほど悪くは無かった。眺めも、それなりに良い。マリーナベイを望んで居るのだから、立地の勝利ではある。


Local crab

Photo: “Local crab” 2012. Singapore, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

注文を取りに来たのは、ワンさんだ。疲れたワンさんは、オバちゃんとは打って変わって、英語は怪しいが、親切にメニューの内容を教えてくれる。もちろん、われわれは、蟹を食べに来たのだが、1番お得そうな輸入物は売り切れ。時価になっていた地元産の蟹の値段を、興味半分で聞いてみると、輸入物よりも断然安い。時価の方が安い、これは意外。出てきた蟹は、味噌のソースをたっぷり纏って、想定外に旨そうだ。

名物にうまい物なし、と言うが、この店の蟹には皆満足するだろう。地元産の蟹は、身も味噌も申し分のない入り方で、フワリとした食感に調理されていた。皆大人だから、奪い合いにはならなかったけれど、奪い合って食べたっておかしくない。値段も、シンガポールである事を考えれば、十分に納得がいく範囲だ。

冷えたタイガービールと、ベイサイドの景色と、生ぬるい夜風。多分、この出張で唯一救われた夜になりそうだった。

そして、そうなった。

「魚片湯」が超一流にまずい

Sliced fish soup

Photo: “Sliced fish soup” 2011. Singapore, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

旅先の醍醐味は、驚くほど不味いものに出会うことである。

フードコートのチキンライスの旨さに気をよくした僕は、ひときは人が並んでいる魚ソバの店を目指した。「魚片湯」と書いてあるので、きっとそんな感じの食べものなんだろう。12時をまわって、近所の会社員達が、昼食を求めて長い行列を作りはじめている。


OLの後ろについて、店の中を覗きながら待つ。並んでいるのは見事に中国系ばかり。周りの会話は、完全に北京語で、まったく分からないし、店の人も北京語で応対だ。(シンガポールは英語も公用語だが、北京語も公用語だ)並んでいる人達のわくわく感、みたいなものが伝わってくる。きっと美味しいんだね、この店は。

僕の前に並んでいたオバチャンは、何人前もの持ち帰りを頼んでいる。簡単なタッパのような容器に並々とソバが入れられる。味付け?の唐辛子醤油のようなものも付いてくる。で、それがちょっと漏れているあたりが、アジア的。僕の前のOLは、一人が常連で、一人が初めて連れてこられたといった感じだ。セルフサービスのやり方に、いささか戸惑っている。


店の中では、会計係のオジサンと、調理係が2人。一人は、白濁したスープを中華鍋に煮立てて、手際よくソバを茹で仕上げる。もう一人は、ひたすら魚のフライを作って積み上げる。ひたすら、ひたすら積み上げる。ビールにも合いそうだ。どう考えても、美味いねこれは。

僕の番になって、もちろん北京語は分からないので、身振りでメニューを選ぶ。ぶっきらぼうに見えるオジサンは、結構親切だった。


たっぷりのスープに、米粉のソバ、魚のフライ、青梗菜。さて、食べてみよう。

まずはスープを。。マズッ!なんか、凄く嫌いな味がする。フライは、、なんか苦い。
致命的に合わない、劣化した脂の気配と、なんかいけない感じのする出汁。これは、まずい。中華圏の下町で出会う、机の脚みたいな例の味だ。全然、口に合わない。なんで人気なのか、まったく分からない。

いや、醍醐味だわ。