数年前に「かぜの科学:もっとも身近な病の生態」という、なかなかに分厚い本を読んで、もはやだいぶ内容は忘れてしまったのだけれど、風邪やインフルエンザの感染経路の多くが、目や鼻であるという実験結果が印象的だった。(風邪の人を閉鎖施設に集めて、鼻水だらけの手でポーカーをえんえんとさせるとか、凄い対照実験が行われていた)人の手は、容易に感染源に触れるし、更に無意識に1時間に数十回、自分自身の鼻や目を触る。そして、その粘膜を経由して、感染が発生するのだ。だから、感染を避ける実効的な習慣とは、目や鼻を触らないようにし、手洗いをきちんとすること、その2点に尽きるという。
この分厚い本を読んでから、出先で素手で目や鼻に触らないように気をつけ、トイレに入る度に念入りに手を洗っている。「よく手を洗いますねぇ」とトイレで声をかけられるレベルで、という事だ。そうして、それが習慣になって以来、インフルエンザにも寝込むような風邪にもかかっていない。(別の事で死にかけはしたが)
さて、バー。基本一人で行くから、やることと言えば、バック・バーに並ぶ酒を眺めたり、バーテンがカクテルを造る所作を眺める事ぐらいしかない。そして、彼らの立ち振る舞いを見ていて、ふと、顔を触ってるバーテンって見たことないなと思う。バーテンダーって、顔を触らないように気をつけているとかあるの?
「はい、それは厳しく言われますね。首から上を触るなと。」
そう答えるバーテンダーは、頰に手を当てて考えているようなポーズをしているが、実は手は顔に触れていない。そうなのだ、(まっとうな)バーテンダーは顔を触らない。そして、彼はこの仕事について以来、風邪をひいて寝込んだ事はないという。見習いから入って、店を持つまで15年はかかっているだろう。
バーテンダーはカウンターが職場だから、他の接客業に比しても顧客との距離が近い。バーに来るいろんなコンディションの人と、接する立場にあるだろう。それにしては、風邪がうつったりしていないのかもしれない。飲み物をつくる立場として、顔を触らないというルールがある珍しい職種であることが、結果として風邪にかかりにくい振る舞いになっているのかもしれない。
そんな事を話しながら、そうは言ってもこの元剣道部のバーテンダーは、相当に体が頑丈そうだな、とも思った。