蝶ふわり
大理石の日だまりに蝶がふわり。
写真と紀行文
蝶ふわり
大理石の日だまりに蝶がふわり。
「カラカラカラ」
「あなた、、でかいですね」
「話しかけんなよ」
「ホーチミンシティーのど真ん中で、バス停の壁にひっついてるわけですが、、カタツムリかなんかですか?」
「うるさいよ、名前あるけど、ベトナム語だしお前には分かんないだろ」
「5センチぐらいありますよね、この大きさ普通ですか?」
「普通だよ。雨降るまでほっとけよ。今顔出したら、危ないんだよ。」
「確かに、、あなたを撮っていたら、むしろ僕の方が好奇な目で見られました」
「カラカラ。。」
鮮やかな黄色に映える謎の巻貝氏は、雨が降るまでは忍耐の作戦だろうか。この後、信じられないようなスコールがやってくる事を、僕はまだ知らなかった。その豪雨は、タイとかマレーシアとか、そんな国で体験したスコールとは、また桁違いの凄いヤツだ。
街が水飛沫に飲まれる頃、カタツムリ氏は息を吹き返して、悠々と這い出すのだろう。実に、あの豪雨でも大丈夫そうな大きさだった。
7月上旬の暑い週末、外から帰って郵便受けのあたりで、何かと目が合った気がした。見慣れない、いや見慣れない訳ではないが、日常的に見るわけではない、何かが柱の隅っこに居る。
もう一度、よく見るとやっぱりカブトムシだった。どこからか逃げてきたのだろう。
部屋に帰ってふと考える。この暑さでは、どこに行くこともできないだろう。コンクリートの塊しか無い街で脱走とは、浅はかな。公園にでも放す?この炎天下で1日ともたないだろう。飼う?面倒極まりない。放っておく?それが一番いい。せっかく脱走して掴んだ自由なのだ。
暫くして、もう一度、1階まで降りてみた。そこにまだ居たら、仕方がない、面倒を見るしかないだろう。そしてもちろん、そこにじっとしていた。真っ黒な体色の彼らは、直射日光の中で活動できない。玉虫色のカナブンとは、違うのだ。
ホームセンターの虫コーナー。足を踏み入れたことはなかったが、季節も盛りで、カブトムシグッズにはことかかない。水槽からカブトムシ観察手帳までセットになった入門キットなどというものもある。子供のお小遣いでは、いろいろ揃えるのも大変だが、大人のお財布だと、気になるような値段では無い。水槽からマット(木のフレークみたいなもの)、止まり木、専用ゼリー、樹皮、何でもある。資本主義ってすごい。なんで小枝にまで金を払わなければならないのかさっぱり分からないが、転倒防止に必須と書かれると、仕方なくそれも買う。
警戒心たっぷりだったカブトムシも、止まり木にゼリーをおいてやると、一目散に歩み寄って、一心不乱に食べている。脱走以来、何も食べていなかったのだろう。とりあえず、そうさせておいて、水槽の中に家などをこしらえる。調べてみると、今はいろいろ進化していて、苺パックにそこらへんの土を入れて、スイカの皮を置いておく、なんていう牧歌的な飼い方では、もはやない。針葉樹系のマットに適切な水分を含ませ、隠れ場所をつくり、ひっくり返っても起き上がれるように樹皮を敷く。餌がマットを汚さないように餌場を木の上に用意して、専用ゼリーを与える。俺はカブトムシ・ブリーダーか何かか。
餌。これは困った。いろいろ与えてみると、バナナが一番好きなようだ。彼にバナナのグレードが分かるのか試してみたが、どうも分かるようだ。成城石井のエクアドル産のバナナには尋常では無い食いつきを見せるが、某ディスカウントスーパーの見切り品には見向きもしなかった。甘みがそんなに違うとは思えないので、多分、残留農薬とかが関係している気がする。最近はブドウがお気に入りになっている。普通、カブトムシのピークシーズンにはブドウはまだ出てきていないから、あまりブドウを食べさせる例は無いようだが、糖度が高くて柔らかいから、かれらの口の形状にも合うのだろう。(カブトムシには歯が無い)
さて、それから約二ヶ月、普通の成虫の平均寿命をとっくに越えていると思うのだが、カブトムシ氏は健在だ。だいぶ野生の勘は失ってきたようで、マットの交換の時に、外に出しておいても、逃げるわけでもなく大人しくしている。よくみると、寝ているのか起きているのか、なんとなく分かるようになってきた。寝ているときに霧を吹いたりすると、本気で驚いて起きる。
そういえば、カブトムシ氏は鳴く。子供の頃は気がつかなかったな。