saku saku DVD ver.1.0

Photo: saku saku DVD ver.1.0 2005. Sony Cyber-shot U40, 5mm(33mm)/F2.8

Photo: "saku saku DVD ver.1.0" 2005. Sony Cyber-shot U40, 5mm(33mm)/F2.8

まだ、木村カエラが今ほどブレイクする前。saku saku がなんとなくダラダラと朝の隙間を埋めるように放送されていた頃。(今もそうだが)

タクシーに乗ると、バックミラーに saku saku の人形がぶら下がっていた。

このサイコロみたいなのは、ぜったいアレだ、ジゴロウだよな、とは思うが指摘して良いのかどうか迷う。迷っているうちに、着いてしまった。おり際に、

「saku saku、、ですよね」

と言うと


さて、saku saku DVD ver.1.0 が届いたまま、ほっぽらかしになっていたが、見てみた。自分の中で、テレバイダー以来の TVK のヒット番組で、一旦は「大人の事情で」DVD 発売中止という衝撃のニュースがあったが、なんとかお手元に届いた。(何だったんだろう?版権?)中身は、カエラ登場以降のハイライトを集めた編集版だけ ど立派に面白い。

初登場のところからカエラがジゴロウにため口。ここで今の saku saku がもう出来上がっちゃったんだろう。才能とか、努力とか、そういうのじゃなくて、タイミングとか組み合わせとか、そういうのがピタッと合って良い感じにな る。そういう組み合わせでする仕事とか、友達づきあいとかの楽しさ。


「saku saku、、ですよね」

と言うと、運転手は嬉しそうに、分かりますか!とノってきた。仕事柄、朝の放送も、夜中の再放送も見られないから、録画してるんだって。シャアサクかよ。


注:知らないことは、wiki に訊け! saku saku

カレー部

Photo: カレーのセット 2005. Contax i4R, Carl Zeiss Tessar T* F2.8/6.5.

Photo: "カレーのセット" 2005. Contax i4R, Carl Zeiss Tessar T* F2.8/6.5.

腹が痛い。

今日は早く帰ろう。晩飯は何か優しい感じのものにしよう。いや、この際食べなくてもいい。動物も調子が悪い時は、決して食べものを口にしないと言うし。(そうなの?)

と、遙か向こうからカレー部部長がやってきた。

「えーと、これからカレーに行こうと思うんだけど」

もしかしたら、ショック療法というか、そういうのもアリなのかもしれない、、という気分がよぎる。「お気に入りのカレーが無くなると悲しい」という理由で、タクシーで現地へ。


地下のお店は、ある意味タイ テイストというか、チープな喫茶店みたいなつくり。で、凄い混んでる。人気のラーメン屋のカレー版みたいな感じで、駅のカレースタンドとはまた違うんだけ ど、皆、さっと来て、ガッと喰って、帰って行く。近所の常連っぽい人々は、ソバとご飯のセットみたいなのを食べているが、ここはカレーを注文。ご飯とカ レーがセットになってる。

えー、これで 700円しないのは安いな。(タクシー代より安いぞ)ココナッツの甘みがするルーに、でかい馬鈴薯とゆで卵、鶏。鶏も出汁ガラなんかじゃなくて、ホロホロ に煮込まれてかつ良い味がする。オシャレエスニックじゃなくて、毎日食べる飯。辛口を頼んだけど(それ以外は部長に頼ませてもらえなかった)、ちょうど許容限界すれすれの辛さで心地よい。

食べ終わって、もの凄く腹が熱い。これはもしかしたら効くかもしれない。いや、そうか?

注:そんなことは無かった。腹が痛いときは、カレー部の活動に参加するのは遠慮した方がよい。

ガラクタ捨てれば自分が見える

最近、いきあたりばったりで、Amazon で本を買っている。インターネットが無い頃は、本屋でやたらに本を買う時期があった。何かを探すような時期、そういう時に、「出会う」としか言えないよう な巡り合わせで、読むことになる本というのがある。今回のは結構意外なテーマ。

「ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門」 もうタイトルからして、相当胡散臭いんだけど、買った。

元になっているのは風水だが、何々をどこどこの方角に置けとか、そういう話ではない。”あらゆる種類の「ガラクタ」は、空間のエネルギーがスムーズに流れる妨げとなります。そして住人の人生を停滞させたり、混乱させたりするのです。”家の中のガラクタどもは、怠惰の結果、ばかりではなくて、良き人生の妨げ、原因そのものになり得る、というのがこの本の主旨。しかも、ガラクタのエネルギーは”ネバネバして”いるので、なかなか離れない。それらがまとわりついて、未来を阻むって。確かにそうかもしれん、、。ゴチャついた部屋に居ると、なんか疲れるよね。


ということで、Amazon からその本が届いた先週末以来、猛然と片付け、というか捨てを開始。世の中の整頓術の殆どは無意味で、結局は捨てろ!捨てるんだ!ということがよく分かる。いつもの掃除とは違う容赦のなさで捨てる。整理整頓じゃなくて、破棄、ひたすら破棄。

4A 対応フラットヘッドスキャナ(とんでもなくでかい、そして微妙に壊れている、あげくに SCSI 接続)、APC の無停電電源ユニット(バッテリがいかれている、凄く重い)、泡盛の残り(何かが混入している気がする)、その他限りない訳の分からないモノモノ達。

捨てる、捨てる、捨てる。

AXIS の建築特集(建物なんて建てない)、米陸軍戦闘マニュアル(戦うのか?)、97年スキーグッズカタログ(ビンテージか)、社会学ハンドブック(大学で買った、読めば面白いんだろうけど)とか、本が沢山。

無情にどんどん捨てていくと、確かに、自分でも何故とっておいたのか分からないものをもっている。10年前の WIRED なんて、どうする気だったんだろう。もちろん、思い出のモノも捨てる、それは未来の自分のためのモノではない。でも、そういうことはゴミ袋に放り込んでか らはじめて、呪縛が解けてからようやく、気がつく。


一段落して、山ほどゴミが出た。部屋がスカスカしてるね。ぎっしりしていた本棚が、スペースができて息を吹き返したかのように見える。並んでいる本 が面白そうに見えるよ。理由無き執着、未来への不信。それらが凝り固まったガラクタ。なんだ、モノを捨てるだけで、こんなに気分がいいのか。

どういう言い方が正しいのか分からないけど、シンプルな生活が出来る人、荷物も家具もほとんどなくて、生まれたときからミニマリスト、みたいな人をうらやましいと思う。僕は違う。僕みたいなタイプの人間は、努力しないとダメみたいだ。まだまだあのへんも捨てられそう。

引用:ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門、小学館文庫、カレン・キングストン(著) 田村 明子(訳)、2002年、20頁。