神戸旅の記録 3

(今回の今日の一言は、誤字脱字、意味不明な部分があるかもしれませんが、「ライブ」ということで、勘弁してください)

神戸、旅の記録 その3

今朝も、7時には目がさめてしまった。五月氏は、完全に寝入っている気配だったので、無理やり9時まで寝ることにする。

今日は昨日以上によい天気だ。ホテルをチェックアウトする。僕らが泊まった、pienaは、 実は思った以上に先進的なサービスをしていた。単にインターネットへの接続無料サービスをしているだけではなく、自前のサーバーを持っていて、オンライン で客室の空き情報をチェックして、その場で申し込んだりすることもできる。意図的に選んだのではなかったが、今回の旅ではとても便利だった。


海を見るためと、朝食にありつくために、ポートアイランドを目指す。何故か、今日も歩いていくことになる。三宮からてきとうに海のほうに向かって歩いた。途中で神戸の市役所を通る。都庁も無駄にでかいが、神戸市役所も真新しく巨大な建物だった。

確かに、震災の当初は住民一人一人が主体となって復興のために努力したのだろうが、この無意味に巨大な建物を見ていると、いつのまにかそういう努力が政治とビジネスの世界にとってかわってしまったのだと分かる。


歩いているうちに、トラックが増えてくる。港に向けて、荷物や資材を運ぶトラックだ。その脇を、僕たちは小さくなりながら歩いた。今日は文句無く晴 れていて、太陽がジリジリと体力を奪った。とにかく、腹が減った。朝から僕が食べたものといえば、残り物のビーフジャーキーが2枚と麦茶だけだ。


埠頭を越え、橋を渡り、ようやくたどり着いたポートアイランドは、予想通り単なる倉庫と、新興住宅地だった。ここは有明です、と言ってもおそらくは 分からないだろう。島に入ると、すぐに公園があり、何人かが日光浴をしている。地面は、埃っぽい砂とも、土ともつかないものでできていて、まるで工事現場 に無理矢理植林したかのような公園だった。それは、昨日、海岸で見たブロックを積み上げたようなマンションを見たときに感じた、非現実感と同じものを、僕 に感じさせた。


すぐに分かったのは、ここは観光地ではない、ということ。それはいいとして、食事をとろうにも、それらしき場所が無いのは困りものだ。マンションの一角に、商店街らしきものを見つけたが、選択肢は「怪しげな和食屋」もしくは「ケーキ屋」の二つ。

もちろん、和食屋の方に入ったものの、嫌な予感は的中した。

不味い店、というのはだいたい、メニューに信じられないぐらい沢山の料理を、脈絡もなく載せているものだが、この店はまさにそういう種類の店だった。

短冊切りの胡瓜とトマトが浮いたソーメン、胡瓜と梅肉の巻物、海老・蛸・鰤の握り、冷奴、蒟蒻の白和え、という意味不明なセットメ ニュー(1,050円)を食べつつ、疲労のあまり二人とも言葉が無い。そういえば、神戸に来てから、ファミリーレストランというものに入っていない。そも そも、ファミレスが見当たらない。別に、ファミレスが好きだということではないのだが、こういう風に、怪しい店しかない状況のときは非常に助かるものなの だが、、。


早々に、ポートアイランドに見切りをつけ、今回は神戸新交通のモノレール(のようなもの)に乗って、三宮に戻る。ものの20分で着いてしまった。三 宮の駅で、オジサンに「ポートアイランドはこの電車でいいんでっか?」と訊かれた。よりによって、よそ者の僕に訊かなくてもよいだろうに。


とにかく、帰るまでに、海を見なければならない。神戸の友達に電話をかけて、海はどこにあるかを訊いた。須磨、らしい。今度は歩いていく、などどいう無謀な気力は無かったので、JRで須磨まで行くことにした。

三宮から、須磨まではJRで20分程度。須磨駅は、降りたところが即海、というなかなか便利なところだ。周辺の雰囲気は、江ノ島をもう少し健全にしたような感じ。家族連れも結構いる。
「兄さん、着替える場所ありますよ」

どこでも変わらない(「兄さん」というあたりが、関西だが)、客引きをかわしながら、ひとけの無さそうな突堤を探す。何で突堤なのかといえば、海を 見るのであれば、なんとなくそういうものが好ましいように思えたからだ。海と山が見えて、騒がしくない、そういう突堤じゃないとだめだ。

そして、見つけた。須磨の海水浴場の外れに、1本の突堤が見えた。中ほどで青年が本を読み(残念ながら、小説ではなくてマンガだったが)、突堤の先 端では、地元の人間らしい男たちが、数人、ルアーを投げている。不思議と、その突堤には、周囲の喧騒が無かった。僕と五月氏は、ビールを買ってそこに座り 込み、海を眺め、山を振り返った。

目の前は海、背後には山。僕らが小説の中で見てきた景色を、そこでようやく見ることができた。

この場所に来て、ようやく、旅の終わりが来た気がした。


三宮まで戻って、そこからタクシーで新神戸オリエンタル・ホテルに向かう。旅の終わりにどうしても寄っておきたいところだ。ロビーのラウンジでコー ヒーを飲みながら(個人的にはアイスティーのほうがいいが、あまり格好がつかない気がしたので無理やりコーヒー)、今日の大まかな出来事をまとめることに した。

ホテルのロビーは、想像していたよりも、よく言えば敷居が低くて気取ったところがなく、悪く言えば、騒がしめの(ホテルのロビーにしては)雰囲気だった。ロビーには、ヤクザ、ヤクザのような某有名写真家、などもいて、あまり落ち着いているとは言えなかった。


帰りは、指定席が空いていたので、指定席で帰ることにする。ここでようやく観光らしく、駅で土産を買い、神戸への旅を終えた。

おしまい。

神戸旅の記録 2

(今回の今日の一言は、旅先から更新しています。そのため、誤字脱字、意味不明な部分があるかもしれませんが、「ライブ」ということで、勘弁してください)

神戸、旅の記録 その2

8時半に起きた。昨日、疲れていたせいで早々に寝てしまい、おかげで日ごろ破壊されていた生活のリズムが、一気に正常に戻ってしまった。

とりあえず、荷物をまとめて出発する。JR三宮駅から、西ノ宮駅を目指す。


西ノ宮では、予想以上に閑散とした駅前に面食らったが、まずは朝食を食べる場所を探すことからはじめた。しかし、駅前にもかかわらず、店は軒並み準 備中。ミスタードーナッツは開いていたが、朝からドーナツは食えない。二人とも、食生活のスタイルは和風だ。道をはさんで、「蕎麦屋」を発見。大喜びで、 暖簾(のれん)をくぐった(はずだったが、違った)ものの、店内はおもいっきり準備中だった。そういえば、外には暖簾がでていないではないか。

意地でもファーストフードはいやだったので、さらに歩いてモーニングサービスの看板を掲げる喫茶店に入った。

注文の時に、

ウェイトレス「なんにいたしましょうか」
五月氏「オムレツセット」
僕「を2つ」

と言ったら何故か大変に受けた。これは、関西ではギャグとして通用してしまうものなのだろうか。あるいは、たいへんに恥ずかしい行為なのだろうか。いずれにせよ、僕らは、関西人を笑わせたことに深い満足感を覚えた。

さて、その喫茶店で分かったことは、どうやらJRの西ノ宮は阪神西ノ宮よりも、ずっと先にあるらしいということ。僕らは、いきなり出発地点よりも遠くに来てしまったのだ。


道路をまっすぐ行って、3つめの信号を左へ、という喫茶店のおばちゃんの指示はもちろん間違っており、もっと先を曲がると、ようやく出発地点である阪神西ノ宮駅にたどりついた。この駅の目の前にある、西ノ宮駅前商店街。ここから、旅は始まるのだ。

商店街の一角は、まだ建物が建たない状態で、放置されている。ただ、そういう目で見なければ、ここがあの震災の中心地であったことは、分からない。 そこに漂っている雰囲気は、紛れも無くほかの何千という寂れ行く地方の商店街のそれである。しかし、僕はこの商店街の様子を、何度となくテレビで見た気が する。テレビは、そこだけを切り取る。文章も同じだが。

本のルートにしたがって、西ノ宮商店街から、西ノ宮神社(恵比寿神社)を目指す。本の中で、ことごとく壊れていると書かれていた入り口の灯篭は、今 は修繕されている。真新しい石が、壊れたとおぼしき場所にはめ込まれている。まっさらに建て直されてしまった、近代的な建物や道路に比べて、ここには震災 というものが、歴史の要素として残っている。

西ノ宮神社の境内は、とても広い。参拝に来た家族連れが、ちらほらと歩いている。そこには、とても幸せそうな日曜日の光景があった。境内の池には、 亀がのんびり泳いでいる。(のんびりというのは、人間の主観に過ぎないかもしれないが)池の中に網をいれて、老人とその孫が、なにかを掬っている。池は藤 棚に囲まれ、静寂がある。何故か、セミが鳴いていない。その様子を、僕はカメラに収めた。真新しいメルセデスのEクラスが、御祓いを受けるために、境内に 停まっている。


神戸は、背後に山があって、前が海。だから、あまり迷うような場所ではない。ただひたすら、山を右手に見ながら進んでいけば、いつかは僕らの目的で ある三宮にたどり着くのだ。道の脇のコートでシニアとおぼしき人たちがテニスをしている。その先を曲がると、やはり、大きなテニスコートがあって、全日本 の大学選手権が行われていた。この街では、テニスをしている光景をよく見る。観衆の静寂と、サービスの前に玉をつく、ポンポンという音が懐かしく感じられ た。しかし、さすがに大学選手権ともなると、線審(テニスのコートの後ろで、打球が入っているかどうか判定する人)が6人ちゃんとつく。一度でいいから、 そういう本格的な試合をしてみたい気がする。きっと、緊張してしまって、試合どころではないのだろうが。

コートを抜けると、今回の旅行で初めて海に出た。右手の芦屋の方向に、本の中に出てくるコンテナを積み上げたような、いささか不吉なマンションが見 えた。少しだけ海のにおいがした。ここは、おそらくは埋立地の海岸なのだろう。なんとなく、海の感じが薄い。海岸では、こちらではあまり見かけなかった、 壊れ気味の若者が、焚き火を囲んでいた。沖合いでは、ヨット部が練習中らしく、拡声器が「ラインを崩すな」とかそういうことをがなりたてている。僕には、 いったいどのヨットががなられているのかは分からなかった。

今日の天気は、雲の多い晴れ。ちょうどこの時は、水平線の向こうまで雲がおりかさなっていた。なんとなく霞んだ景色は、海のにおいがしない目前の海とともに、現実感がなかった。


芦屋を目指して歩く。今日は日曜日。どこの街でも変わらない、日曜日。この街に降り立って約20時間して、ようやく空気が体になじんできた。

途中で何本も川を渡る。夙川にさしかかる。家族連れが、魚を掬っている。コンクリートで真四角に造成された人工的な川。コンクリートで固められた川 床に、砂が入れてある。危ない深みなど無い、高度にソフィスティケートされた川。そんな景色も、別に不愉快ではなかったが、なんとなく、昔から映画で取り 上げられていた、世紀末の光景のような気がした。

川べりを海に向かって歩いてゆくと、さらに大きな川に行き当たった。少しだけ、船が見えた。


芦屋に入る。とにかく銀行の巨大な寮がいたるところにある。芦屋の印象はそんな感じだった。一般の人の大きな家、というのは思ったほどないような気 がした。芦屋は、思ったほど近寄りがたい雰囲気の街ではない。あるいは、僕らが山の手のほうではなくて、海沿いを歩いていたせいかもしれない。ここらへん にあるという、村上の母校にはついにたどり着けない。見つけようとして、特にがんばって探したわけではないのだが、せっかく歩いてここまで来ているのだか ら、ぽっと見つかったってよいのではないか、そんな勝手な気分になる。


そろそろ人恋しくなった、と五月氏が言うので、電車の走っている方に、少しだけ進路をかえる。僕らは、阪神電車と平行に歩きながら、目的地を目指しているので、位置を確認するついでに線路の方に歩いた。

驚くべきことに、さんざん歩いたにもかかわらず、駅の掲示板を見る限り、僕らが今、立っている駅は目的地にほど遠い。まだ、三分の一しか歩いていないのだ。

僕「ホテルに帰って、シャワー浴びたい」
五月氏「言っちまったな、それを」

空模様は、雲に太陽が勝った状態になっている。じりじりと、日差しにやかれる。この旅自体、目的を達成しても特に得られるものはなにもない。なら ば、せいぜい日焼けぐらいはしておきたいので、太陽は大歓迎だ。しかし、限度を超えて暑いのはこまる。ここらへんで、何故か風もぱったりとやんで、厳しさ が増した。

駅前にファミレスか、喫茶店があったら、即休憩だ、と思っているのだが、そんなものはない。とにかく、住宅地をぐるぐる歩くと体力を消耗するので、 国道に出てまっすぐ目的地を目指すことにする。村上の本には、ここらへんからの記述がほとんどない。もはや、歩いて三宮に到着することだけが目標だ。


国道43号線沿いをえんえんを歩く。しかし、ファミレスの一軒すらもないという状態。本にあった、「この街はそういう場所ではない」という意味がよ く分かる。もはや、出発した時の勢いは微塵もない。時たま、カーディーラーとガソリンスタンド、それにローソンがあるぐらいだ。シェル石油の看板が、貝料 理の店の看板だったらどんなにいいことか。

しかし、ついに僕らは寿司屋を発見した。たぶん、ここを逃すとあとは何もないだろうという予想(それは当たった)もあって、迷わず入った。

握りの定食を注文する。本日、初めてのまともな食事。

内容は、握りが6かんに、手巻き寿司が2つ。特に、イカと蟹子の手巻きは美味かった。それに、鰤の赤出汁と、冷奴を若いにんにくの芽であえた小鉢がつく。全体的に、快い気配りのもとに調製されているのが分かる。美味い。

いささか疲れ気味のウェイトレス(仲居さん?)につり銭を間違われたものの、もはやどうでもよくてほっておいた。味はよかったし、値段も手ごろであった。


涼しい場所で休んだせいか、あるいは食事と一緒に飲んだ生ビールで酔っ払っているだけなのか、いまいち分からなかったが、とにかく、かくだんに体力が回復したような気がした。日差しは、完全に回復している。

ここから先も、やはり村上氏の本に特に記述がない。もっとも効率のよいルートを行くことにして、国道沿いの道を歩きつづけることにした。疲労感がど んどん増してくる。途中のコンビニと自販機で水分を補給しながら、ひたすら歩いた。もはや、目的地につくことだけが、旅の終わりを表していた。

ところどころで気まぐれに写真を撮る。灘にさしかかる。灘は、関西の酒造メーカーが集まる場所だ。酒蔵が多い。菊正宗の本社工場があった。子供のこ ろから、ラジオで聞いていた「やぁーぱりぃー、俺はぁーぁぁあ、菊正宗ぇーー」というフレーズが思い起こされる。一年ぐらい前から、僕は日本酒が飲めるよ うになったのだ。


道は、終わらない。国道の道路標識が三宮まで9kmであることを告げ、6kmであることを告げ、そしてついに500mであることを告げた。この間、 僕らはコンビニでときおりお茶を買いながら、ひたすら歩いた。別に、なにを考えるわけでもなく、とぼとぼ歩いた。旅の終わりが近づいて、いよいよこの旅に なんの意味もないことが分かってきたが、それはそれでいいのだ。

西ノ宮を出て、5時間半後の午後4時過ぎ、ようやくホテルにたどり着いた。五月氏は速攻で風呂に入ってしまったが、僕は今日の出来事が頭のなかか ら、抜けてしまわないうちにThinkPadに向かうことにした。書いていて気がついたのは、ほんの数時間前の出来事が、どんどんあやふやになっているこ と。出来事を一つ一つ辿っていかないと、文章にできないのだ。いままで暮らしてきた時間の大半を、僕は忘れてしまっているに違いない。そうして失われてし まった、もしかしたら大切だったかもしれない出来事を思うと、少し悲しくなった。


さて、非常に驚いたのは、このホテル各部屋に専用のモジュラージャックが用意され、インターネットへの接続が無料になっていること。ある内線番号を 使って、ダイアルアップ接続をかけるような方式になっている。確かに、ライティングデスクにモジュラージャックのポートがあることが、昨日から気になって はいた。しかし、無料接続のことには、昨日は気がつかずに、苦労してAT&Tに外線経由で接続していたのだが、、。少しだけ、いるかホテルみたい な気分を感じて、僕らは若干盛り上がった。


夕食は、昨日のステーキに懲りて、居酒屋で済ませることにした。昨日、神戸在住の友人のアドバイスで東急ハンズ周辺がいいらしい、ということは聞い ていたので、その周辺を中心に歩き回る。僕は「不味い店」「不味い料理」を無意識に選んでしまう傾向があるので、店の選定は五月氏に任せることにする。

線路沿いを歩き回っていると、I`tetu(いってつ)という店を見つけた。五月氏の判断を仰いだところ、「まあ、入り口がきれいだから、いいんじゃない」というお言葉をいただいてので、この店に決めた。

店内は、ゆったりとしたつくりで、せせこましい雰囲気が無く、よい感じだ。メニューの内容は、いわゆる居酒屋とそうは変わらない。しかし、カマン ベールチーズを頼んでみたら、パン粉で揚げた上に苺ジャムをつけた状態で出てきたのには驚いた。言葉で書くほど、不味くは無い。むしろ、こういう食べ方も あるんだな、と納得できるレベルではあった。

五月氏が、「最近、飲んでて嫌なのは、たまには男同士で飲むのもいいな」と言う奴だと言っていた。僕は、「自分と同じようなつまらなさがあるから、おまえと飲むのはいい」と答えた。神戸に来てはじめて、ゆっくりした時間が流れていた。

今日はここまで。

神戸旅の記録 1

(今回の今日の一言は、旅先から更新しています。そのため、誤字脱字、意味不明な部分があるかもしれませんが、「ライブ」ということで、勘弁してください)

神戸、旅の記録 その1

旅に出ようということになった。村上春樹の単行本、「辺境、近境」に神戸を歩くやつがある。それを、やってみよう、ということだ。同行するのは、[五月の雪]の作者。まあ、五月氏(ごがつし)としてしておく。

出発は、8月のある土曜日。というか、今日だ。

旅にはいつも、CONTAX T2 と替えのフィルムを山ほどもっていくことにしているが、今回は、それに、IBMのノートPC、ThinkPad 240が加わる。文章を書きマシンとして、昨日衝動買いしたやつだ。


まずは、待ち合わせの王道、東京駅銀の鈴で待ち合わせた。前日、僕が12時まで会社にいたので、待ち合わせ時間は当初の11時から、12時に変更。すでに、出足から順調とは言えない。

銀の鈴に近づいた瞬間、なんとなくやっちまった雰囲気がする。帰省ラッシュということで、ものすごい混みよう。新宿アルタ前で待ち合わせた人が、永 遠に相手を見つけられないように、ここでも待ち合わせは困難だ。こんなところで、待ち合わせるんじゃなかった。さらに言えば(もちろん、チケットの予約なんてしていない)この状態で、本当に新幹線なんかに乗れるのか?と非常に疑問。

携帯が圏外という、最悪の待ち合わせ場所、銀の鈴でなんとか五月氏とおちあった。しかし、五月氏は、なめたことに現金を 15,000円しか持っていないらしい。それでは、新幹線代も払えない。とりあえず、銀行にいってさっさと預金を下ろしてもらうことにし、新幹線の切符を買いにいく。

窓口で聞くと、指定席には当分空席がないという。「2時以降になりますけど、、、」ならば、グリーン車で、ということにしたら、あっさり乗ることができた。どんな混雑のときでも、自由席がすし詰めであろうと、グリーン車は空いている。払った人は乗れる。払わない人は、乗れない。分かりやすい。二人とも、こういうことに金を惜しんだりしないので、18,000円だがあっさり買った。

はやくも、オヤジ的、社会人的、金の力にものをいわせる的、怠惰な旅になりつつある。

12:45分、東京駅を発つ。


車内の電光掲示板は、帰省にともなって、飛行機や新幹線は軒並み満席です、というようなことを流しているが、当の新幹線はいたってスカスカだ。やはり、グリーン車だからだろうか。

新幹線は非常に快適、いまさら苦労してどうこうするようなものでもないので、こういう旅が最近はすごくいい。1リットルのビールと、つまみにテングのビーフジャーキー(よく免税店なんかで売られているビーフジャーキー。ただし、テングブランドの、ホットペッパーは他の製品とは一線を画す製品。僕は海外に行ったら必ず買う。しかし、なぜか東京駅でも売っている)を食す。「アメリカ人がつくったものの中で唯一賞賛に値する」との五月氏のコメント。今朝のニュースによれば、西の方は大荒れの天気らしい。われわれは、嵐の中につっこんでゆく。


一時間半、電車に揺られ(というほど、揺れはしないのだが)、もう浜松まで来た。今回の旅では、随時文章を書きつつ、進んでいくことにする。別にたいしたものが書けるわけではないのだが(ずっと後になってからのほうが、物事の本質はよく分かるものだ)、その場で書いた文章も勢いも面白いものだ。

それにしても、新幹線で Think Pad を使うのは、非常に理にかなっているというか、ふさわしいというか、なんとも快適な作業だ。車窓の景色は流れ、その中で書くというのがけっこういいのだ

ここで、今回の旅の予定を明かそう。そもそもの発端は、五月氏が村上春樹の「辺境・近境」の中に書いてある、「神戸まで歩く」を実際にやってみようと言い出したことに始まる。このエッセイというか、小旅行記は、村上春樹が自分の故郷である神戸を訪れ、えんえんと阪急西ノ宮から阪急三宮まで歩いた話だ。

そこで、われわれは、まず、なにかの手段によって、神戸に行き、そこで辺境・近境にある村上があるいた(んじゃないかなぁ、と思うような)ルートを歩いてみよう、ということにした。

ところで、この旅の本来の目的地は、先ほども書いたように三宮だ。しかし、実はそこはこれから降りようとしている、新幹線の駅、新神戸に限りなく近い。われわれは、いきなり目的地に降り立つという、わけのわからない状況になってしまった。


駅に降り立つと、もはや4時。とりあえず、宿を探してうろうろする。村上の本には「さっぱりした新らしめのホテルを探して泊まった」とあるが、「さっぱりしたホテル」どころか、「さっぱりなホテル」しか見つからない。

いちおう、夏休みシーズンということで、いけてそうなホテルはことごとく満室である。

散々歩いて、駅からは果てしなく遠いものの、そこそこなホテルを見つけてチェックインした。ThinkPad で三宮周辺のステーキ屋を探して、食べに行く、、、つもりが五月氏が寝てしまったので、僕はとりあえず、ここまでの出来事を書くことにした。


で、とりあえず夕飯を食べに行く。

神戸牛を食べよう、という趣旨のもと三宮駅へ。(いきなり目的地についてしまった)ホテルから、三宮は非常に近い。(ホテル自体は、新神戸駅と三宮 駅の中間にある)繁華街を歩いてはみたものの、関西の客引き、たこ焼き屋、闊歩するヤクザなどに阻まれて、いまいち店を定めることができない。

そんなときのために、神戸には心強い友人たちがいる、、ということで2人ばかりに電話をかけてみたのだが、いまいちこれというお勧めがでてこない。 考えてみれば、東京にいるからといって、普通の人が美味い寿司屋や、天麩羅屋を知っているわけではないのだ。(とりあえず、いろいろと役に立ちそうもない 情報ありがとう、バスケットボール部ホームページ管理者様。もう一人のほうは、有益な情報をくれたが)

7,000円もするステーキを食いながら(われわれは、二人とも旅行になると金銭感覚が破綻する典型的な日本人だ)、関西は薄味である、醤油をかけて食いたい、というただひたすら感想はそれだけであった。(ちなみに、テーブルに醤油は無かった)

とりあえず、明日はどうするかという計画を練ったが、結論としては、明日はホテルから三宮まで歩き、そこから電車で西ノ宮までいって、そこから三宮を目指そう、という結論に達した。


ホテルに戻ってみると、洋館風の佇まいが、ものの見事にライトアップされている。これが関西風なのかもしれないが、東京で見たらラブホテルだよな、これじゃ。

で、今日はここまで。