故郷に還った店

Photo: “Lunch plate.”

Photo: “Lunch plate.” 2019. Okinawa, Japan, Apple iPhone XS max.

その店は、もともと下北沢にあった。沖縄料理の店だ。

大学時代に、いろんな事情で沖縄の歴史とか、そういうものをいささか勉強したのだけれど、日常的に沖縄出身の人と話すようになったのは、会社に入ってからだ。僕が最初に配属されて、最初に与えられたパーティションの斜め後ろが、沖縄出身のMさんだった。

僕よりも、多分10歳ぐらい上だったように思うが、彼について飯を食いに行くと、いつもなんだかちょっと変わった所に連れて行かれた。新宿西口の喫茶店ハイチのドライカレーとか、豚珍館のメンチカツだとか、なんというか、学生が晩飯に食いに行きそうな所だ。


そんな中で、唯一飲み屋っぽい所に連れて行かれたのが、下北沢のその店だった。沖縄出身のスタッフが切り盛りする、地元の料理を出す店だった、と思う。実のところ、細長い店のカウンターを、ボンヤリと覚えているだけで、あまり記憶が無いのだ。その店が出す沖縄料理は、本土向けにアレンジされたものではなくて、ちゃんとした沖縄料理が出てくるのだ、とMさんが力説していた事だけ覚えている。だいたいが、何かを力説するようなタイプでは無いのだが。

数年前、店が閉まるという話を聞いた。故郷、沖縄に帰るのだという。僕は再びその店に行くことは無く、しかし、店の名前だけは覚えていた。ウチナーグチの、ちょっと変わった響きだったせいだろう。


それから数年、幾つかの偶然が重なり、首里の込み入った裏路地を歩いて、沖縄に帰ったその店を訪れた。店を案内してくれたのは、やはり10年ほど前に故郷に帰ったMさんだ。店の人の顔を、僕はもちろん覚えていない。Mさんは、意外ときちんと店の人と連絡を取り合っていたのだろう。今でも常連として親しくしているようで、出張の合間を縫っての訪問に合わせて、店では豪華なランチを特別に用意してくれた。

なぜ、そんなに長く続くのか、よく分からないままに続く縁がある。Mさんとの縁も、そんなものの一つだ。多分、一度だって一緒にまともに仕事をしたことは無いのだ。それでも、すっかり白髪頭になったMさんと、今年もこんな風に食卓を囲んでいる。嫌いなものが、似ているかもしれない。物事を斜めに見る感じが、似ているのかもしれない。

お膳に並んだのは、どれも沖縄の家庭を代表する料理。自家製とおぼしきジーマミー豆腐も、タームの揚げ物も、ハッとするほど味の調子が高い。仕事の年期が、違う。ゆっくり、夜に来てこの味をまた確かめたいな、と思う。下手な海外よりも来にくい場所ではあり、そして、込み入った偶然が無ければ決して訪れることは無かった場所だ。そういう事が、存外貴重なものなんだ、という事に最近思い至るようになった。

謎の店

Photo: “ORDNANCE OKINAWA”

Photo: “ORDNANCE OKINAWA” 2019. Okinawa, Japan, Apple iPhone XS max.

仕事の途中で、昼食に山羊そばなどを食堂で食べた。その向かいに、なにやら違和感のある倉庫というか、建物がある。何かのショップ、それも恐らくはミリタリー系だ。

沖縄、というと、なんとなく反戦・反基地みたいな報道が多いけれど、普通に基地の経済で食べている人が沢山居るし、ミリタリーショップが有っても不思議では無い。が、本土でも名高い辺野古にほど近い場所のミリタリーショップって、どんなものだろうか。


まず、倉庫を改造したようなスパルタンな外観が怖い。”ORDNANCE”っていう 店の名前が、日本人にはまず馴染みの無いネイティブ的なワードチョイスで怖い。そして、窓が一切見当たらず、中の様子が覗えなくて怖い。しかし、ピンクのプリウスが駐車場に停まっているから大丈夫、という判断で入店を決意した。

店内には、服を中心にして、予想通りミリタリーアイテムがいっぱい。しかも、その内容は半端なものではない。オリジナルのパーカーはアメリカ海兵隊系のデザインで、黒字に白でゾディアックボートとでかい骸骨が描かれた、これどこで着られるんでしょう(基地で着られる)、という凄いデザイン。ポーチ、という単語から想像されるものとは、最も遠い場所にあると思われる分厚い布製のOD色ポーチ。多分、無線機とかアサルトライフルのマガジンなんかを入れる模様。そんな中で、ミリタリーデザインのエプロンがあったりするのが、ポップで一周回って怖い。


軍事用語は割と知っていると思って居たのだが、店のお姉さんが言っている用語が半分ぐらいしか理解できない。あんまりヘビーな装備は買えないので、この普段使いが(比較的)出来そうなパーカーなんてどうだろう。

「素材の通気性が良いので、私も良くゲームの時に着ています」

なるほど、ゲーム。沖縄でもサバイバルゲーム人口はやっぱり存在するのだ。ひとまず、おとなしめのデザインの偵察隊のパーカーを購入した。黒字に黄色で、まあ控えめに海兵隊記章なんかが描いてある。

「このシリーズは、海兵隊の人にも好評なんですよ」

つまりこれは、海兵隊グッズではなくて、海兵隊で使っているやつなのだな。聞けば、顧客には海兵隊員が多く、そのリクエストを採り入れて商品開発をしているそうだ。

ちなみに、ピンクのプリウスは、単に店のお姉さんの自家用車だった模様。

スタンフォードで怖じ気づく

Photo: “Leland Stanford Junior University.”

Photo: “Leland Stanford Junior University.” 2019. San Jose, CA, US, Apple iPhone XS max.

日ごろ、学歴というものを意識することは無い。けれど、身近な東大出の人達を見ると、やっぱり頭一つ飛び抜けてとてもきちんとしている感じがする。なにより、日々努力をする力があるなと思う。才能の有無というのは別にして、共通して感じるのは、丁寧に努力を継続する力が、半端ない。あるいは、それを才能と言うのか。

さて、その東大を遙かに凌駕する、世界の学校ヒエラルキーの最上位層に位置するスタンフォードというのは、一体どんな場所なのか。シリコンバレーのど真ん中にあるその場所を、まったくの物見遊山・観光気分で訪れてみた。そして、雰囲気に飲まれ、完全にびびった。


キャンパスは広く、シリコンバレーの街中から、いつの間にか緑が豊かな景色になってきたな、と思ったらそこはもうスタンフォードの敷地内。駐車場から、どうやらキャンパスの中心部とおぼしき教会に歩いていく。インド人の家族が、小さな娘を連れている。「将来、お前はこの大学を目指すんだよ」きっとそういう話をしている。人生の設計図を、この時点からちゃんと引いている。そういう準備と、努力と、幸運の集大成みたいな、そういう学生達が、思い思いに自転車やスケボーに乗って通りを横切ってく。凄い世界だ。

スパニッシュ・コロニー様式という、黄色い壁の中世の城然とした建物の印象は、なんというかディズニーランドみたい。言い方は悪いけれど、こういう建築に伝統を求めると、リファレンスはどうしてもヨーロッパになるから、漂う雰囲気は似てしまうのか。


キャンパスの中にある森の径。そこを歩くと、それは素晴らしいアイディアが生まれるんじゃないかという気がする。例えば、後にシリコンバレーとこの地が呼ばれることになるような、起業のアイディア。そこまで行かなくても、行き詰まりを感じるプロジェクトの打開策。

結局、2月のカラリとした空気をたっぷり吸って、さっさとビールが飲みたいと思っただけだった。