インドに、直行便で行ってはいけない

Center District of New Delhi

Photo: “Center District of New Delhi” 2013. New Delhi, India, Richo GR.

「インドに、直行便で行ってはいけない」

という、ガイドブックやら、Webサイトやらのアドバイスを読んだのは、チケットを発券した後だった。

と言う事で、乗ってはいけない直行便でインディラ・ガンジー空港に到着したのは日付が変わって直ぐの深夜。着陸してからゲートに着くまでがとんでもなく長い。あの広大な北京よりも長い。暗闇と雨で外の様子はまるで分からなかった。


匂いがしない。

それがインドで最初に感じた事だった。ゲートから歩いて行くと、どの国でも独特の匂いがする。東南アジアには何かが蒸れ腐ったような、アメリカには甘く人工的な洗剤の、中国にはザラリとした土塊の匂いがある。だが、インドの空港にはこれといった匂いはなかった。意外。


深夜に到着する日本人は、あらゆる手でカモられる。インド旅行という文脈で、必ず語られる通過儀礼。「しょうが無いんですよね、貧富の差が凄すぎるから」と、インド経験者達は皆、したり顔で教えてくれる。

それでも、いつもはなんとか乗り切れるだろうという方向に考えるのだが、今回は違う。絶対ぼらせない、少なくともホテルまでは。。一番の騙されポイント、市街への足は事前手配。出張以外で、迎えを手配したのは初めて。

ホテルへの連絡事項で、しつこく日付を書き、midnight と注記までした。それでも、こんな真夜中に本当に迎えが来ているのか、日付を間違えられていないか、相当心配だったが、迎えはちゃんと居た。すげぇ、インドなのにちゃんと居る。一応、かまをかけてみたが、僕の名前をちゃんと答えた。

空港を出ると、ちょうど新しい管制塔が建設中だった。溶接の火花が滝のように降り注ぎ、小さな人影が蠢くのが見えた。夜中、だよな。


翌朝、目覚めは意外と快適だった。

前夜、ヘッドライトが照らす道は、人や車の通行が途絶え、至る所に銃を下げた警察がバリケードを張る、薄ら寒い景色だった。極めつけに、着いたホテルの入り口では、車は警備員に取り囲まれ、ドアからボンネットから、すべて開けて検査された。なんだこの国は。

そんな寒々しい気配の夜とは打って変わって、朝の窓から見るニュー・デリーは、柔らかい緑に抱かれた街だった。見渡す限り高層建築は無く、巨大な熱帯の木々の隙間から、フラットな建物がのぞいている。重い鉛色の空から雨が降りそそぎ、緑はより濃くなっていく。大きな、緑色のインコが窓の外を飛び回っている。

朝食をとって、まずは、旧市街をめざす。両替はそこでやればいいやくらいに考えていたが、それは甘ちゃんだった。

武漢を過ぎ、デリーに飛ぶ

翼の上の月

Photo: “Moon” 2013. Wuhan, China, Richo GR.

ずいぶん前に武漢を通過した。ユーラシア大陸南側を飛ぶのは、初めての事だ。ここで飛行機が落ちれば、果てしの無い砂漠のただ中に取り残されるのだろう。

空から見る夜景の色は、国によって違う。中国の夜景は紅い。初めて見た北京の街は、街路灯に照らされる曲がりくねった道路が、のたうつ紅い龍のようだった。


武漢。夜の北京のように、巨大な紅龍が、闇の中をのたうっていた。それを過ぎて、また果てしない暗闇が広がっている。

こんなちっぽけな、そしてちりぢりな人間が、地球を壊そうとしているなんて、嘘みたいに思える。


飛行機は西に向かって飛ぶ。月は同じ位置に光りつづけている。翼の凍えた金属が、白銀に美しく輝いている。

今度の旅は、とても嫌な予感がしていた。飛びなれない方角に飛行機が飛んでいる事も、あるいはその目的地も、いままでとは違った緊張感と、ただならない世界に行くのだという、思いが有る。

そういう感触が、旅の本質なのかもしれないが、いつまでそういう事が出来るのかな、とも思う。デリーまでの時間は、映画二本で思ったよりも速く過ぎる。トム・クルーズが、衰えない姿で、滅びたニューヨークを走り回っていた。