9個も買ったデュラレックス

Photo: ただのパン二枚に見えるが中に具が入っている 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

Photo: "ただのパン二枚に見えるが中に具が入っている" 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

簡単な朝食を食べて、電池が切れたように眠くなる。


最近ネットラジオは groove salad というチャンネルをかけっぱなしにしている。意味を主張する音楽と、意味を主張しない音楽というのがあるとすると、主張しない方の音楽がずっとかかっている。頭の中の温度が下がっていくような、そんな感じがする。

それを聞いて、風の音を聞いていると、眠る事以外何も考えられなくなって、電池が切れたように眠る。ほんの 2時間ほどの午睡。


目覚めると、まだ午後のとっかかり。今週はあまりちゃんと生きなかった。いや、楽しいことをしていたから、あんまりちゃんとしていなかった。9個も買ったデュラレックスが流しの中に積み上がっている。そういうのは、あんまり良くない。起き出して、ちょっとずつ、その怠惰の山を崩していく。

トカゲ

森の中の径を歩いている。

何かの気配を感じて足許を見ると、トカゲが居た、ちょっと驚く。折れた木の枝の側ら、アスファルトの上。径を通り過ぎる自転車に轢かれはしまいか、でも、トカゲは動かなくて、死んでいるようだった。


そのまま少し歩いて、立ち止まって、戻って、そうしてトカゲの体を径の外にほっぽり出した。ひっくり返った腹からはワタが飛び出していた。

トカゲはヘビイチゴが赤い実をつける脇に、冷たくうずくまった。

ちゃんとした揚げ物

Photo: 路地花壇 2008. Tokyo, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

Photo: “路地花壇” 2008. Tokyo, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

その店を見つけたとき、あまり期待はしていなかった。腹が減ったので、用事が済んでから街の裏手の方を歩いた。そうして、見つけた。

都心でよく見かける、フランチャイズの洋食店。僕のイメージでは、油っぽい揚げ物中心で、店を出てから少しもたれる感じ。値段は、普通ぐらい。なにせ土地勘もないし、それでも良いやと思った。何よりお腹が空いたし、ちょっとビールくらい飲みたい気分だったのだ。


店は空いていて、僕の他には先客が一人いるだけだった。平日の 4時という中途半端な時間なのだから、仕方がない。座ってから、ちょっと失敗したなと思う。うっかり、フライヤーの前に座ってしまった。でも、油の匂いがあまりしない。揚げ物を出す店なのに、カウンターはベタベタしていない。

メニューを眺める。僕は、なんというか今日は海老フライが食べたかった。そして、メンチカツもいいなと思った。もちろん、それを盛り合わせたメニューは有ったのだが、なんというかメンチカツと海老フライは一番高い組み合わせじゃないか。(1250円だけど)でも、こういうので変に妥協すると、後で自分でメンチカツを作る羽目になったりするので、素直に食べたいモノを頼むことにした。

ビール頼むと、キリンかアサヒかを聞かれる。アサヒはあまり飲めないので、聞いてもらえると助かる。450円だけど、柿の種も付いてきた。フロアーをやっているのが奥さんで、厨房が多分旦那さんなのだろう。息が合っている。備え付けの雑誌を手にとって横目で見ながら、店主の作業を見る。

メンチカツは挽肉を合わせた材料を手で丸めるところからつくっている。へぇ、と思って見ていると、海老もパン粉を付けるところからだ。なんか凄くちゃんとしている。よくよく見れば、厨房のステインレスは磨かれてぴかぴかしているし、作業台の上は綺麗に片付いている。海老とメンチを油の中に放り込むと、白髪の店主は、キリッと背筋を伸ばして、フライヤーの中を凝視している。これって、もしかして、きっと、うまいはず。ビールをゆっくり飲みながら、揚げ揚がるのを待つ。


だいぶ時間がたって、お待たせしました、と皿が置かれる。

メンチカツはとても大きく、しっかり揚げられている。海老フライはちゃんと真っ直ぐに伸びていて、千切りキャベツとタルタルソースが添えられている。高価な一品ではない、でも、綺麗だなと思う。僕はまだビールを飲んでいたから、店主は

「ご飯は今でいいですか?」

とちゃんと聞いてくれる。頷くと、ご飯と一緒に豚汁も出てきた。豚肉はあんまり入ってないけど、豚の出汁が感じられておいしい。

タルタルソースをからめて、海老にかじりつく。もちろん凄く上等の素材を吟味しました、というものじゃない。けれど、衣も良く付いてカラリと揚がっている。ビールを飲む、美味しい。メンチカツも、きっちり揚がって、ソースをダラダラかけて食べる。良く炊けたご飯に、ソースと牛脂の甘さがよく合う。いつもの倍ぐらいの時間をかけて、ゆっくり食べる。


カウンターの横に座っていた客が帰って、結局、僕だけになってしまった。手の空いた夫婦は、店の片隅に置かれた、小さなポータブルテレビを静かに観ている。お腹が空いて、それを満腹にしてもらうことの嬉しさとか、感謝みたいな気持ちをちょっと感じる。都心の裏通りの店で、こうやって夫婦できちんと毎日ご飯をつくっている二人が、とても偉いなと思った。