Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS 1.9/28

Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS 1.9/28

Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS 1.9/28

僕が初代 GR DIGITAL (GRD) を使い始めてから 2年で 3,945枚を撮影した。今回、GRD II は見送って、GRD III に一段飛んだ。

GRD と GRD II は、多くの変更点はあるものの(ボディは全くの新設計)、基本的にはマイナーバージョンアップと言えなくもない範囲の変更であり、無理に買い換える必要を 感じるものではなかった。しかし、GRD III は見た目こそ GRD/GRD II とほぼ同じだが、中身は完全に違うカメラと言って良い。


初代 GRD がごく控えめで、ごく普通な第一印象だったのに対して、GRD III は最初から非常に強い印象を受けるカメラだ。初代 GRD ではマクロフォーカスの遅さや、低光量下での扱いにくさなど、カメラの弱点をカバーしつつ使わなければならない局面があった。GRD II になっていささか改良はされたが(逆光条件では GRD の方が写りが良いとも言われる)、本質的には同じ注意を要するカメラだったと言える。しかし、GRD III は、GRD / GRD II の弱点をことごとく克服し、低光量にも逆光にも強いカメラになった。

元々操作性の良かったインターフェイスは、画面の大幅なサイズアップにより一眼レフとほぼ同等のインターフェイスに進化している。そして、カメラ全体の動作速度は、最初に使った人がまず「速い!」と驚くものである。また、その変化は、インターフェイスやスペックだけではなく、画にはっきりと反映され ている。先代までの良くも悪くもニュートラルな印象だった画作りは、受光素子の高感度化とレンズ F値の向上による描写力そのものの向上によって、GR 独自のの味を感じさせる印象深いものに変化している。順に、変更点を見ていく。


まず最大の変更点は、レンズとセンサ部分だ。レンズの F値は、2.4 から 1.9 となり、リング径は大きく、繰り出しの鏡筒は 3段から 2段に変更された。コンパクトデジカメで、F1.9 というのは、驚異的な数値であり、特に使用頻度が高いと思われるノーフラッシュでの室内撮影で圧倒的に有利になる。焦点距離は 35mm フィルム換算で 28mm と変更は無い。

GRD II に比べて、倍の感度となったセンサの画素数は、増えていない。スペックベースの無意味な画素数競争に決別した点でも、評価できる。GRD は現在、幸運にも(それはフィードバックと製品改良の積み重ねの結果であるのだけれど)カタログスペックを気にすることなく、製品をつくることが可能なポジションにある。レンズとセンサの性能向上分を、感度に回すことができるようになった結果、外光での撮影であれば ISO64 という、コダクロームかというような感度で撮ってくる。普通の野外撮影であれば、ノイズリダクション処理すらかからないという、光学機器として真っ当な方 法で、高い画質が実現されている。GRD で不満だった、地味なデジカメっぽい画像は、衣をはぎ取ったようにクリアで、鮮烈な画像へと変化した。画像処理エンジンの味付けではなくて、光学機器とし ての味が画に出ている点で、既存のコンパクトデジカメというクラスを超えた製品であると思う。


GRD はスナップを指向したカメラであり、その動作速度は重要だ。もともと、「サクサク動く」のが特徴の GRD シリーズだが、GRD III の操作感の速さは特筆に値する。実際に触った人は皆、「速い」という印象を持つようだ。フォーカス速度、レリーズラグ、書きこみ速度、画像表示速度、サム ネイル表示速度、メニューの動作。あらゆる状況に於いて、もたつく、あるいは、ラグを感じる、という瞬間が無い。また、GRD III は、レンズが大型化したにもかかわらず、起動時間は遅くなっていない。起動時間は、2台を並べてスイッチを入れてみると、GRD の方がわずかに速いように見える。

もう一つ、スナップカメラとしての重要性なポイントが静粛性だ。低光量下での GRD のフォーカス音と遅い動作は、「被写体の赤ちゃんが起きる」とまで言われた。しかし、フォーカス時の静音性、シャッター音の小ささについても、改善がめざ ましい。特に、マクロ時のフォーカス音は大幅に改善されており、静粛な場面でも、撮影が可能だ。

また、レリーズボタンを一気に押下した場合に、オートフォーカスを切って、あらかじめ設定されたフォーカス距離でシャッターを切るという機能(フル プレス スナップ)もユニークだ。この機能が働くと、オートフォーカス動作がオミットされるため、レリーズと同時にシャッターが切れる。この機能は、言葉で感じるより、格段に気分の良い機能だ。とにかく、どんなに急なレリーズでも、何かはちゃんと撮れる、という実用性がある。


全体的なデザインを見てみる。

デザインは GRD/GRD II を継承しており、並べてみると GRD III の方が一回り大きい印象を与える。ただし、大きさを除けば、知らない人がその形状の違いを指摘するのは難しい。まず目に付くのは、大型化したレンズ部分 だ。ここは、握ったときに右手の指先にリングがやや干渉し、握り心地の変化に繋がっている。

フロントフェイスの GR のロゴは、印刷から彫刻に変更された。ここでコストダウンではなく、アップしているのは感心する。底面のゴム脚の面積は大きくなっており、スピーカー位置 がグリップ後部からグリップ前部に移動されている。背面のボタン数は変更が無いが(Fn として使えるボタンが 2つに増えたが、方向キーとの兼用なので物理的な数は同じ)、液晶画面が大きくなったため、全体的に小さくなっている。ここは、トレードオフと言える。 GRD II で光沢処理に変更されたボタン類は、再びつや消し処理に戻されている。アジャストボタンは回転式からレバー式に変更された。アクセサリシューも液晶サイズ の関係でやや上に移動している。デザインバランスという点では、GRD のバランスが最も完成形に近いが、今日的な性能のためのトレードオフとしては、許容できると考える。

モードダイアルは、MY セッティングが3種類追加され、シャッター優先が追加、ムービーのモードはシーンに統合されて廃止された。動画を撮る頻度があまり無いことを考えると、こ の変更は良いものだと思う。また、こうした取捨選択は、GRD が指向するユーザ像、あるいは、使い方というものの方向性を明確に示している。

バッテリ蓋を開けたときに、バッテリが飛び出さないストッパが付いているのは GRD II と同じ。使用するバッテリ形状はそのままで充電器も同じ、単 4電池が使えるギミックも変わらない。バッテリは GRD シリーズ共通で使えるが、容量が少し大きくなっている。よく見ると、本体の消費電力が 1.9W から 1.7W に下がっているというのは凄い。


Photo: autumn bank 2009. Tokyo, Japan, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

Photo: "autumn bank" 2009. Tokyo, Japan, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

このカメラの液晶は大きい。カメラ背面部のデザインバランスを危うくしているのは、実にこの大型液晶だ。液晶サイズの関係で、操作ボタンはやや右によることになり、アクセサリシューの位置も、上方に移動した。この部分では、トレードオフが発生している。しかし、大型液晶のメリットは非常に大きい。 ディスプレイは、一見してはっきりと綺麗と分かるレベルであり、ピントや色味の確認をしながら画を作ってくことが、このレベルの液晶であれば可能だ。

GRD III を見て誰もが口にするのが、この背面液晶の美しさ。これは、GRD と比較した場合、際立っている。外光下でも問題の無い明るい液晶で、通常のデジカメの倍の解像度の高精細パネルを使用し、更にsRGB 色域をカバーする発色。下手なディスプレイで見るよりも美しく撮影データを見ることが出来る。GRD III を思わず買ってしまう人の中には、この画面で撮影データを見てしまったから、という人も多そうだ。

ただ美しいだけでなく、この広い画面を生かしたインターフェイスの設計が至る所に見られるのも感心する。圧巻なのは、縦横に 9列計 81枚の画像をサムネイルする画面だ。また、再生画面を切り替えていくと、ヒストグラムと撮影時の設定状況を全て表示させる画面が表示される。どのような セッティングでどのような結果が出るのかを詰めて行きやすい。というか、ここまで出来るのであれば、詰めてみたい、と思わせるインターフェイスだ。


その他のインターフェイス機能を見てみる。

元々、GRD の操作感というのは、かなりキビキビしたものであり、そこに遅いという不満を抱いたことは無かった。GRD III は、先代までの操作感覚を完全に凌駕している。1つには、液晶画面のサイズが大きくなったことにより、表示できる情報量が増加したことを上手に利用してい る。GRD に比べると、メニュー体系は大幅に変わっており、また、機能自体も格段に増えている。大画面を利用したインターフェイスは、デジタル一眼レフに近い操作感覚をもたらしている。

個人的に嬉しかったのが、「メニューカーソル位置保持」の機能だ。設定画面から撮影画面に遷移する場合、どのような操作形態を取るかは、設計者のセ ンスにかかっている。一般的なのは、設定画面上での操作は、それが継続している限りは設定画面から抜けることは無く、レリーズボタンの半押しやタイムアウ トで設定画面から抜ける方法だ。この方法であれば、設定と撮影のコンテキストが容易に切り替えられる。GRD のインターフェイスは違っていて、設定画面で何かの設定を確定すると、そこで設定画面から抜けてしまう。設定変更して撮影という動きを妨げないという設計思想だと思うが、あまり一般的ではないし、特に設定を複数箇所変更したい場合や、設定の結果を見て ON/OFF を繰り返す場合などには、かなりストレスを感じる。今回の機能追加で、設定画面から毎回抜けるという動作は変わらないものの、毎回メニュー位置から選び直すということをする必要は無くなった。

意外なところでは、インターフェイスの英語機能が良い。言語を英語に変更すると、アルファベットだけでなく数字のフォントまで、専用のものに切り替わる。フォントメーカーでもあるリコーらしく、可読性が高く、美しいプロポーションのフォントだ。

なお、内蔵フラッシュは、GRD II から引き継いだデザイン。側面のポップアップ用スイッチで、明示的にポップアップさせない限り、発光することは無い。Contax T2 が絞りリングでの明示的なフラッシュ発光指示を要求したのと同じロジックだ。

不満に思っていた付属ソフトウェアも今回、専用のものに変更されている。CR-ROM のラベルが、ちゃんと GRD 用に黒で印刷されているのも、デザイン上の拘りか。


今回の GRD III については、ほぼ手放しで評価しているように思われるかもしれないが、実際その通りだ。変えるべき点と、変えてはいけない点の取捨選択が実に見事であり、 結果として完成したカメラは、GRD の系譜の中で操作性・画質共に文句なく最高峰の製品となった。更に、これだけの内容の向上を見ながらも、先代、先々代からの実売価格がほぼ変わらない点も 評価できる。箱の印刷や、USB ケーブルの細かい変更で、コストも削るところはきちんと削っていると思われる。

従来の GRD は、明らかに弱い撮影状況というものが存在しており、注釈付きで、あるいは分かっている人には勧められるデジカメだった。しかし、III になって、どのような状況でもコンパクトデジカメとして出色の品質での撮影が可能となった。万人に勧められる高い性能を持ったカメラだと言うことができ る。

このサイトには、GRDIIIの作例も色々載せているので、併せてご覧いただければと思う。

GR DIGITAL III を持って

Photo: autumn bank 2009. Tokyo, Japan, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

Photo: "autumn bank" 2009. Tokyo, Japan, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

いつもの飲み屋で、隣同士になったカメラな人と GR DIGITAL III いいよね、という話をして盛り上がる。最初は行儀良く、結構いろいろ改良されましたよね、という話をしている。そのうち、これはもう買うか!という気勢に なり、一週間後、テーブルの上に箱を並べて、「さて、いざ開けましょうか」ということになる。

かと思えば、寝ぼけながら携帯でアマゾンのレビューを見ていたら、One Click が発動して、翌日 GRD III が家に届いてしまった、という嬉しいような悲しいような人も居る。


そういうわけで、急激に GRD III 人口は増え、手に手になにかを撮っている。

僕の初代 GRD は、ただいまヨーロッパ方面に出張中で、比較ができないのだが、やっぱりちょっと大きく(高さにして、2mm 以内なのだが、人の手はそういうのは分かってしまう)なっている。でも、同じシリーズのデジカメとは思えないほど、撮りやすく、機敏に生まれ変わった。


朝起きたときから、今日はどこかへ行こう、と思うぐらいに気分が良い天気は、とても久しぶりで、目的地無く家からひたすら南へ南へと歩いた。(北へ北へと、西へ西へと、東へ東へは、やったことがある)

手には GRD III だけ。

川沿いに商店街を抜け、オフィスビルを抜け、タワーマンションの工事現場を抜ける。南に何があるのかは、google map を見れば分かる。でも、それはやっぱり見たことにはならない。下町が次第に、港湾都市に変わり、生臭い潮だまりの匂いと、トラックのディーゼル臭が鼻を突く。下町の気っ風と、港の気っ風は、やっぱり何か違うし、通りを過ぎていく度に、徐々に空気が入れ替わっていく。

そして、そういう文化のグラデーションを断ち切って、巨大なタワーマンションが楔を打ち込むように、建っている。ここ数年で急に増えた、大規模分譲のタワーマンション。脆弱な埋め立て地の上に、何の脈絡もなく巨大な街が出来上がっている。この気味の悪い景色もやがて、東京の風景となる日が来るのか。 マンションが出来上がる前に潰れてしまったのだろう、タワーから道を隔てて古びたカレー屋が、シャッターを閉じて埃の中に埋もれていた。


周囲は、海産物の倉庫街に変わった。路肩に停車中のトラックのバックミラーに、オレンジ色のツナギが、洗って干されている。南へ南へ歩いて、人工の大地は、荷揚げ用の小さな港で突然に終わっていた。東京湾は、複雑に入り組んでずっと先に続いている。

「関係者以外立ち入り禁止」の標識の手前まで行って、ゴミゴミした港を撮った。どこにフレームしたらいいのか、戸惑うぐらいにとりとめのない景色だった。僕は満足して、行き当たったスーパーで、グレープフルーツジュースと、豆腐を買って帰った。