ウラジオストクの野良

"Black stray dog waits something at Vladivostok station"

Photo: “Black stray dog waits something at Vladivostok station” 2017. Vladivostok, Russia, Fujifilm X-Pro2, Fujinon XF23mmF1.4 R, ACROS+Ye filter

夕方、シベリア鉄道の出発時刻が近づいてくると、巨大な荷物を背負ったバックパッカー達が駅に集まってくる。
折りたたみのカヌーか何かか、とにかく大きな荷物を持っている人が多い。

そして、仕事を終えた人々がバスターミナルから家路につく。そんな混み合ったウラジオストクの駅で、初めて野良犬に出会った。目つきは至っておそロシアだが、吠えるでもなく、ゆっくりその辺りを歩き回っている。厳しい冬を乗り越えるだけあって、どこか精悍だ。


ウラジオストクの年間気温というのを調べてみると、冬はマイナス20度以下になる。そんな世界で、どうやって野良犬がやっていけるのだろうか?以前見たテレビでは、極寒の街で生活する野良猫は、冬場はその辺の家に好きに入っていって休んだり、餌を貰ったり、集合暖房の配管設備で暖を取ったりしていた。

きっとそんな工夫が、ここにもあるのだろう。


犬はひとしきり行き交う人を眺めているようだった。僕たちは、晩飯を狩りにその場を離れる。翌日の夕方、またバスターミナルで犬の姿を探したが、見つからなかった。

ディストピアビュー

"From room window."

Photo: “From room window.” 2017. Vladivostok, Russia, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter


ホテルの部屋の窓から、必ず写真を撮る。ここ数年、そうしている。

ウラジオストクの中心部から少し離れたホテルは、前の道路が路面電車のレールの撤去工事中で、空港からのタクシーは容易に近づくことができなかった。結局、300mほど離れた高速の高架の下で降ろされる。おそロシア。


見たことのないブランドのエレベーターに乗って(外国に行くと、エレベーターのブランドを見てしまうのは僕だけか)、5階へ。緑色の扉を開けると、部屋は思ったよりも広く、ベッドはやたら低く、そして何か虫が飛び回っていた。夏のツンドラが、酷く羽虫に覆われるように、ウラジオストクも存外虫が多い。

レースのカーテンを開けて、外を眺めると、そこは元国営工場か何かの廃墟。巨大な朽ちかけのコンクリート製サイロが、部屋からのビュー全てを覆い尽くしている。あえて言うなら、「サイロビュー」。朽ちているように見えて、車両が停まってなにか工事をしているような雰囲気もある。謎の給水塔のような巨大な部品が、側らに転がったまま錆び付いている。こんなディストピアな景色を展開するホテルには、ちょっと泊まったことが無い。大変、気に入ってしまった。

虫を追い出そうとして、窓をいじっていたら、窓ごと外れかけた。それもまた、おそロシア。

シベリア鉄道9400キロ

"Preaparing departure of Trans-Siberian Railway"

Photo: “Preaparing departure of Trans-Siberian Railway” 2017. Vladivostok, Russia, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter


「シベリア鉄道9400キロ」という本を、僕は何度読み返したか分からない。その本は、恐らく僕が初めて読んだ紀行文であり、こうして自分が旅のことを書くきっかけになったのではないかと思う。というか、今、そう気がついた。


1982年の「ソ連邦」時代のシベリア鉄道の旅を描いたこの本、今は手元に無いが、酒が手に入らないやるせなさと、食堂車のメニューが軒並み「ニェット」であった事の印象ばかりがある。

そして、自分の目の前に(多分)シベリア鉄道である所の車両が停まっている。当時ウラジオストクは軍港都市として外国人の立入は許されて居らず、本にはもちろんウラジオストク駅の記述は無い。この駅はまさに、シベリア鉄道の終着駅であり、あるいは極東からモスクワに旅する人の出発点でもある。

列車の周りは、乗り降りする人も無く静かだ。地理的には極東アジアのこの一角から、遙かモスクワまでレールが続いている証が、この完璧なヨーロッパの風情をたたえた駅舎だろう。


10年前に書いたこの文章で言及しているシベリア鉄道のエピソードはまさしく、冒頭の本で得た知識。そして、そこに載せたフィルム写真を撮っている Zeiss のレンズを、今度はデジカメに載せ替えてロシアで撮っている。ちょっと目が覚めるぐらい、カチッとした絵になった。