目黒雅叙園の中には、ひときわ目立つ茅葺き屋根の古民家みたいなものが建っている。あそこに行く度に気になってはいたが、そこは仕事の現場だからあまり追求したことは無かった。
で、ゲストのテキサス人が、そこに行きたいと言う。一昨年ぐらいに久しぶりに日本に来て、彼は、そこで日本の魅力を再発見したと言う。それから、ちょくちょく、いろんな理由を付けて日本に来るようになった。朝から登壇のために詰めている雅叙園の中で、件の建物がどうにも気になっているようだった。
さて、あの建物は確かに行ったことがない。だいたい中に入れるようなものだろうか。何、調べたって?あれはレストランなのか。
やたらテンションが上がっている180cmオーバーのテキサスレンジャーを連れて、茅葺き屋根を潜る。予約必須みたいな気配を漂わせているが、試しに入ってみると、空いていた。
微かに香の薫りがする廊下を行き、やたらに大きな部屋に通された。螺鈿細工を柱から天井から、床の間の違い棚にまで施した、実に豪奢な内装。これは凄い、と日本人の僕は思った。彼は、どう感じただろうか。
メニューはテキサスっ子にも良さそうな、すき焼き御膳的なものを選んだ。器も、盛り付けも、サービスも、こういうゲストを連れている人にとって、そうあって欲しいと思うものだった。味は外さない、結構なもので、多分初めてあらたまった感じの(それまで居酒屋ぐらいしか連れて行かなかったので)日本料理を前にして、彼が嬉しそうにしているのを見て、僕も嬉しくなった。
それから1年以上が過ぎて、当然アメリカから誰かが日本に来るという事は無くなった。彼も来日を希望していたが、そうもいかないまま、時間が過ぎた。アメリカの会社には、定年というものは無いと聞く。そんな彼も夏の終わりに引退を決めて、お別れのメールが来た。残念だな、とは思ったけれど、この業界で成功裏に引退出来るのは良いことだ。
螺鈿の燦めく部屋で撮った、彼の写真を送っておいた。せわしないランチだったが、僕にとっても良い思い出なのだ。