世界の中心で愛を叫ぶ

Photo: 世界の中心で、愛を叫ぶ突堤 2006. Kagawa, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

Photo: “世界の中心で、愛を叫ぶ突堤” 2006. Kagawa, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

「世界の中心で、愛を叫ぶ」をもちろん僕は見ていない。しかし、そのロケ地に来てしまった。(そんなのばっかり)

地元では、当初撮影が終わると、セットも何もさっさと壊してしまったそうだが、暫くして観光客が引きも切らずに訪れるようになると、遅まきながら「なにやら観光資源になるらしい」と気がついたという。


今では、一部のロケセットは再建され、ロケ地の名所には案内板が付けられ、市役所の入り口にはロケ地マップが置かれている。とは言っても、ここは至って普通の地方の漁村。ぐるぐる迷いながら、なんとかロケ地の「突堤」にたどり着いた。突堤マニアとしては、ここは外せない。

さて、この突堤はかなり良い、相当良い。長くて、真っ直ぐで、シンプルだ。文句のない、突堤だ。


狭い幅の割に、長く突き出た突堤を、どんどん歩く。気の抜けたような、瀬戸の内海が、ただ広がって、波はろくに打ち寄せもしない。自主制作の映画のロケハンだろうか、大学生風の二人組が、デジカメを手にしながらフレーミングをあれこれ試している。

ジリジリと暑い。僕はいつもやるように、突堤に腰をおろしたりはせず、そのまま元来た道を戻った。

釜玉うどん

Photo: 三太郎 2006. Kagawa, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

Photo: "三太郎" 2006. Kagawa, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

腹が減っていた。

朝から何も食べていなかった、いや、正確に言えば、買い置きのオレンジジュースを飲んだきりだ。

朝起きてカーテンを開けると天気が良かったので、ホテルの部屋から見える港に行って、船に乗ってみた。あずきじま、と昨日まで読んでいた小豆島へ。港で、何か食べればいい、とその時は思っていた。


フェリーに乗ると、直ぐにデッキに上がって、遠ざかる高松を見送った。もうすぐ秋の気候だというのに、太陽が暑い。

小豆島に港は幾つもあるが、結構小さい部類の港に着いてしまった。農協の直売所と、土産物屋、フェリーの切符売り場、駐車場、ガソリンスタンド。そ れで全部。唯一あった怪しげな定食屋は「本日休業」の札が下がっていた。腹が減った。どこか街まで行けば、なにか食べるモノがあるだろうか。スタンドで、 アクエリアスのペットボトルを買った。水分だけは無いとまずい。しかし、まさかそれから数時間、本当になにも食べられないとは思わなかった。


島を歩き回って、結局午後 4時になってしまった。何か食べたい。何か、とはいっても、結局、うどんなのだ。香川にはうどん屋しかない、とは言わないけれど、それはそれで間違いが少 ないのだ。一時間に 2本のバスに乗って、なんとか少し大きな港にたどり着くと、ついに一軒の飲食店を発見した。うどん屋だ。もう、このさい、うどん屋で良い。

入り口の脇に自販機が置かれた、店の見た目はいけてない。ぜんぜんいけてない。中に入っても、全然いけてない。だぼシャツのオヤジが 1人と、オバチャンが 2人。オバチャンは、なにやら天ぷらを揚げている。


丁度、障子の張り替えをする業者が入っていて、店の中はバタバタしている。嫌な予感がする、うまいわけがない。先客は一人。数時間前にバスの運転手 に行き先を聞いていた、多分北欧系のガイジン女性。所在なげに、注文が出来上がるのを待っている。多分、天ぷらうどんを頼んだのは彼女だろう。

天ぷらうどんは、えらい高いので(なんとなく香川のうどん価格に慣れていたので、500円オーバーは高く感じるのだ)、安い釜玉にする。それでも香 川で見た中では、結構高めの値付けで嫌な予感がする。観光地にありがちな、トラップだろうか。出来上がるのを待っていると、白いゴム長を履いた、スーパー の精肉部の従業員といった風情のおっさんがやってきて、大きなビニール袋一杯のウドンを仕入れていった。なるほど、自家製麺を、どこかに売っているのだ。 少しは、期待が持てるか。


釜玉うどんは、先客であるスウェーデンの(憶測)彼女よりも早く出てきた。うどん醤油も一緒に出てきた。なるほど、うどん専用の醤油があるのか。天かすもツボに入って付いてきた。ショウガと葱も付いてきた。結構、ちゃんとしてる。

そして、出てきた釜玉は相当うまかった。うどんの評価方法について、僕は詳しくはないが、うどんのエッジがえらく立っているし、色もやけに良い。小 麦の香りがする。出汁の味のきいたうどん醤油もなかなか。これが地元の実力なのか、それとも腹が減りすぎていたせいだろうか。あっという間に食べて、終 わった。

そして、フェリー乗り場に向かった。

三島製麺所

Photo: 三島製麺所 2006. Kagawa, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

Photo: "三島製麺所" 2006. Kagawa, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX

映画 UDON を、もちろん僕は見ていない。多分、この先も見ないだろう。だが、僕は、この UDON の国に来てしまった。

空港に着くと、親切な「地元を愛する一市民」さんの手引きによって、僕はすぐさま映画に登場した山間の製麺所に案内された。お土産にもってきた、東京黒バナナを渡すと、引き替えにプリントアウトした web 地図を渡された。


「えーと、これ地図なんで、ナビお願いします」
「!?」

僕は香川に来たのは生まれて初めてだった。空港と市街の位置関係も分かっていないわけだが、僕がナビをして本当に良いのだろうか。
「私も行ったこと無いんで」
「そうですか、、」

約一時間後、地図の上下を逆に見るという、いささかの落ち度はあったものの(徒歩では方向感覚に自信があるのだが、車と地下はダメだ)、一山越えて目指す製麺所のある小さな町に着いた。

国道から曲がる目印は「タバコの自販機」。それは、目印と言えるのだろうか。さらに迷いながら、目指す民家としか言いようの無い店にたどり着く。

店の入り口は、ガラリと開け放たれていて、1つだけ置かれた大きな食卓(テーブルというよりも、家の食卓をそのまんま持ってきたような代物なのだ)には、明らかに地元の人と思われるオバチャンが固まって座り、ジロリと眺められた。


映画の宣伝で見たまんまの、店のおばちゃんが、

「熱いの、冷たいの?」

と聞いてくる。

注文した「熱いの」は、飾り気のない、立ち食い蕎麦屋の丼みたいなものに入って出てくる。汁は無い。東京でセルフの店で食べたことはあるし、ルール はなんとなく分かっているのだが、テンポがあまりに速い。思うに、この店は初めて行くうどんの店としては、あまりに敷居が高いのではないか。同行の「地元 を愛する一市民」さんの方を見ると、いささか目に狼狽の色があるのは気のせいか。

丼を前にして、まごついていると、先ほどジロリと眺めてきた地元のオバチャンが、「この卵かけな」とか「醤油入れて」とか教えてくれた。有り難うオ バチャン。うどんのように白くふくよかな腕で、彼女がゾロゾロとうどんを啜る様は、あまりにも画になっている。この店で何十年も食っているのだ。


うどんは柔らかめで、ウマイんだか、マズイんだか、正直よく分からなかった。とにかく格好がつくように、卵と醤油を入れて、グルグルまぜて食べた。葱は入れ忘れた。よそ行きでは絶対無い、何十年も食い続ける、そういう味がした。

帰りがけ、値段がよく分からなかったので、500円玉を渡したら、お釣りはえらく沢山戻ってきた。