乗り物の速度

Photo: "River boat" 2012. Bangkok, Tahi, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

Photo: “River boat” 2012. Bangkok, Tahi, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

発展途上というか、そいう国に行けば行くほど、乗り物の速度はおかしいぐらい速くなる。

安全とか、人命とか、そういうもののないがしろ度が上がっていく気がする。

自分の国では絶対犯さないようなリスクに、ちょっと乗り物に乗ろうとしただけで踏み込んでしまう。


チャオプラヤ川を走るモーターボートのバスも、そういう意味ではおかしなぐらいの速度を出して、川面を突っ切って行く。これ、ひっくり返ったら確実に・間違いなく死ぬなと思う。


タイの人々がそんなにせっかちだとは思わないし、むしろのんびりしている感じだと思うのだが、この速度はいったいなんなんだろう。

お坊さんも、その鮮やかな袈裟を、川風になびかせている。

リアルすぎるお坊さんフィギュア

Realistic monk figure

Photo: “Realistic monk figure” 2012. Bangkok, Tahi, Apple iPhone 4S.

僧侶が並んでいる。

露店の台の上に、それぞれに微妙にポーズも顔つきも違う、精巧な僧侶フィギュアが並べられている。一見してガラクタのラジカセや、ニセモノの骨董品が並ぶ露店街に、突然、桁違いにハイグレードな品々が。

ディアドロップの真っ黒な大門サングラスをかけた兄ちゃんが、店番をしている。

通常、僕は旅先でお土産の類をできるだけ買わないが、これはなんとなく買って帰らなくてはいけない気がしてしまっていた。でも、待て。どこに飾るんだ。もっと言えば、こんなにあげづらい、捨てづらい土産は無いのではないか。


タイに於ける、お坊さんのアイドルっぷりに、僕はかなり驚いていた。

朝、テレビをつけると高僧の説教をひたすら流す、「お坊さんチャンネル」に行き当たる。それも 2チャンネルある。きっと、自分の宗派とか、好みの路線というものがあるのだろう。

タクシーのバックミラーには、お坊さんブロマイドがかかっている。運転手に「それは、敬愛する僧なのか?」と訊くと、そうだと言う。バスの側面には、僧侶の写真が極彩色でプリントされている。


「ワット・ポーは今日は休みだよ!こっちに付いてきなさい」

という、あまりにもあからさまな客引きのオッサンを振り切って、王宮から数ブロック離れたワットポーに向かって歩く。タイにも客引きは確かに居る。でも、しつこくないというか、諦めが良いというか、「いらない」「乗らない」「興味ない」というと、たいてい意外とあっさり「あ、っそ」という感じで引き下がる。中華圏では考えられない引き際の良さだ。

空港からホテルまで来て、降り際にあと TBH1,000よこせ、という運転手に「なんだその料金は、聞いてないぞ」と、いささかの長期戦を覚悟で挑んでみたが、「ちぇっ、いいよいいよ」という感じですぐに引き下がってしまう。

受けて立つ気満々で言ってみたこちらは、拍子抜けしてしまう。根っこの所で、抑えが効いているというか、殆ど例外なくタクシーに飾り付けられている僧侶アイテムは伊達では無いのだ。


引き続き、ワット・ポーに向かって歩いている。露店が何百メートルにもわたって、続いている。遺跡からの出土品、と言いたいのだろう、小さい仏像を刻んだ石とも、汚れたテラコッタともつかないものをやたらに沢山並べている。とても手を出す気にはならないが、これを買っていく人も、やっぱり居るのだろうか?


そして、突然目に飛び込んできたのだ。

あまりにも、リアルな僧侶フィギュアが。目を疑う程の作り込みと、質感十分な仕上げ。これが人形である事を伝えたいために、わざわざ露店のオヤジを入れて撮影してしまった。

ちょっと買おうかな、と思った。値段が、実はそんなに高くない。でも、やめた。後日不要になった時に、どうやって処分すれば良いのか、やっぱり分からなかったからだ。

野犬と、チャオプラヤ川と。

Chao Phraya

Photo: “Chao Phraya” 2012. Bangkok, Tahi, Apple iPhone 4S, F2.4/35

アジア、と一言でいっても、やっぱり国によって全然違うんだな、っていうことに改めて気付きはじめている。でも、おおよそ中国系の人々はどこにでも居て、彼らの醸し出す雰囲気とか、匂いとか、そういうものは、国に関係なく普遍的で、強かにいろんな土地に蔓延っている。あ、ここにも中国があるなと、いろんな国のいろんな場所で感じる事が多かった。


でも、ここには、そういう空気は無い。歴史的な背景とか、人種の比率とか、そういう事があるんだろうと思うのだが、ここにはそういう事が無い。タイ、バンコク。ここには、ここだけの空気が満ちている。

朝、ホテルのカーテンを開けると、翡翠色に光るチャオプラヤ川が目に飛び込んでくる。イメージしていた、泥色の川では無い。空と緑を溶かし込んだ、翡翠の色だ。眺めると、高層ホテルの分厚い窓ガラスを通して、外の熱気が額に伝わってくる。渡しの小舟が川を横切って、水上タクシーの長い航跡と交差する。対岸の空き地には、さっきから1匹の「野犬」とおぼしき影が、ひょこひょこと行ったり来たりしている。

ある時、泊まったホテルの窓からの景色を必ず撮る事にしよう、と思った。それで、実践している。色んな窓を見た。熱気も、色も、匂いも、みんな違っていた。


昨夜、空港からホテルへの道すがらさっそくタクシーの横をうろつく噂の「野犬」に、やや恐怖を感じた。恐水病を持っている、と思った方が良いのだろう。間違っても、撫でたくなるような外見はしていないのだが、それにしても、これはちょっと困る。

最近、出国してから必ず、イミグレーションの右手にある検疫コーナーで、行き先の国のパンフレットを貰う事にしている。少し前に、屋台の飯に本気で当たってしまった同僚を目の当たりにして以来、この手の情報はバカに出来ないと思っている。恐水病は、確か、注意事項に書いてあったっけ。

今日は、とても暑い通りを歩く事になりそうだ。「野犬」には、出くわしたくない。