小さい頃、僕はテレビを見ないで育った。
家には真っ赤な色のテレビがあったけれど、それは壊れていて、修理されることは無かった。台風が過ぎ去った朝、うちのテレビアンテナが倒れ、隣家の屋根につきささった。それっきり、屋根からアンテナも無くなった。
シルバーのいかついラジカセから流れてくる AM ラジオ。NHK の小難しいニュースが、僕にとっての娯楽だった。小さい頃、親のレコードに囲まれて育った子供が、やがて音楽を志すように、僕は、いつか報道の世界で生きたいとさえ思った。
それは過ぎ去ったこと。やがて、テレビも普通に見るようになった。僕は報道を仕事にはしなかった。
でも、最近、またラジオを聴いている。B&W のスピーカーから流れてくるのは、ケーブルテレビ局がフィードするクリアなFM放送。今は、音楽を聴いている。音楽を聴くようになったのは、中学生になってからだ。
休日の午後、少し冷たい風に吹かれながら、ラジオを付けっぱなしにして、微睡むのが好きだ。その一瞬だけ、僕の意識はあの日の自分に戻る。
注:微睡む(まどろむ)