お節介な善意

報道の真実という話を、するつもりは、ない。

しかし、この時代、いかに情報が信用ならないのかということを、いくらでも疑うべきだとは言える。例えば、このページに載せられている情報。分かり易い例で言うと、「フォトギャラリー」の写真である。

この写真、実は全て修正されている。もちろん、この場合は、ないものを書き加えたとか、何かを消したとか、そういうことではない。バランス補正やコントラストの調整、フィルタ加工などによって「見やすく」(脚注)されているのである。

もちろん、私は悪意を持って写真のスキャンデータを加工しているのではない。しかし、世の中で行われる「修正」の大半も「悪意のない」ものだ。むしろ、そこにはお節介な善意が満ちているのだ。


脚注:厳密に言えば、印画紙の上に再現される写真を、ディスプレイの蛍光体の上に再現されるコンピュータ画像としてそのまま取り込むことは、そもそも不可能。画像をデータにする過程での劣化や、スキャナの「癖」などをトータルに考えて画像を加工するのは、仕方のないことだといえる。そもそも、1,000枚の 中から任意で数十枚を選び、配置し、キャプションをつける段階から「修正」は始まっている。
脚注2:今はフォトギャラリーのコーナーは各投稿ジャンルとして掲載されています。

時間のごみ箱

最近ネットに参加した人が、はじめてメールをくれた。僕は、こう返事を返した。半分冗談・半分本気。

自分用のアドレスがとれてよかったね。よく、はじめてメールを出した人に「ようこそ、ネットの世界へ」なんて言う人がいるけど、僕はこう言います。

ようこそ、時間のゴミ箱へ

DVD が発売される。

DVDが発売される。CDサイズで、ビデオが見られる機械だ。視点やストーリーも選べるというのだが、そういう面倒なことをしたいという人は、いないだろう。インタラクティブなソ フトウェアを求める人間が地球上にそう多くはないことは、LaserActiveやCD-Iで実証されているはずだ。そういう方向に市場を求めるのはおじさんたちの勘違いだと思う。

テレビが生まれて、随分時間がたった。この間、人類が操作するボタンの数は、「チャンネル」と「音量」から増えることはなかった。最近になって、よ うやく「早送り」と「再生」が加わったに過ぎない。それを考えれば、DVDプレーヤーの複雑なリモコンを見て、その未来に暗澹たるものを感じるのは自然なことだ。

明日から、世の中のレンタルビデオ屋が全てレンタルDVD屋にとって変わらない限り、DVDの爆発的な普及は望むべくもない。デジタル高画質はいいが、誰も画質なんて気にしていない。画質も糞もない3本1パック500円のビデオテープは、スーパーの売れ筋商品なのだ。

みんなが欲しがっているのは、安くて小さくて録画ができるCDだと思うのだが、そういう肝心な商品はつくられない。つくれるのに。

なんにしても、録画可能なDVDがでたときに、本当の勝負が始まる。しかし、「良いものが勝つ」という論理が、全く通用しないのが明白である以上、その高性能に頼るのではなくて、コストパフォーマンスとサービスで普及を目指すしかない。FM放送が発明されたとき、AMは廃れると思われた。その結果はどうだったのか、ということだ。

ただ、俺の持ってるLaserDiskはもう終わったらしいということは確かだ。