漁師町ぶらり

Photo: 絶賛天日干中 2006. Kanagawa, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss Sonnar T* 2.8/35, Kodak 400TX.
Photo: “絶賛天日干中” 2006. Kanagawa, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss Sonnar T* 2.8/35, Kodak 400TX.

CSに漁師町ぶらりという番組がある。おっさんが一人、漁師町をただぶらぶらするという凄い番組だ。最初に見たときはかなり腹が立ったが、最近は気に入ってみている。


この番組の凄いところは、あのテレビ東京が確立した「旅番組の様式美」というものをことごとく無視している点にある。つまり、ちょっと旬の過ぎた芸能人が、有名どころの観光地を訪れ、地元の人と交流しながら、誰でも知ってる豆知識や、意味のないお買い得情報を仕入れ、偶然開かれている祭り(または朝 市)を見学し、地元の名物料理に舌鼓を打ち、露天風呂に浸かって、あるいはちょっとしたお土産を買ったりする、というモデルだ。

漁師町ぶらりは、これをことごとく無視する。

まず、レポーターはよく知らないおっさんだ。何かものを書いているようだが、少なくとも芸能人ではない。訪れるのは、観光地ではなくて漁港。だいたいは、まったくどこにあるのか想像も付かない小さな漁港に行く。で、おっさんは魚とか漁にはやたら詳しくて、別に地元の人に聞いたりしないでも「ああ、これはアカマンボウ」とか分かってしまう。漁港の食堂で飯を食ったりはするが、名物というよりも、煮付けが好きという理由で適当に魚の煮付けを食っていたりする。当然、何の脈絡もなく行っているので、祭りもなにも完全にフツーの漁港の日常である。恐ろしいことに、旅番組の必須事項である、「温泉」にも入らない。

しかし、茹で蛸加工工場とか、遠洋漁業の冷凍船の荷揚げ場とか、ちょっと想像の付かない渋い現場に入っていったりするのが楽しいので見ている。アフリカで採れた蛸が、冷凍ハン・ソロみたいになって加工を待っている光景は、なかなか戦慄するものがあった。


さて、この番組なんとなくもう20回ぐらい続いているようなのだが、あんまりお便りとかは来ていないみたいだ。おっさんの第一印象が怖そうなのも、 ちょっと影響している気がする。なので、今ならお便りを出した人全員に、サイン入りのパンフレットがプレゼントされるらしい。そういうあたりも、この番組が気に入っている理由なのだ。

ちょっと検察庁まで

Photo: 大阪検察庁 2006. Osaka, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.
Photo: "大阪検察庁" 2006. Osaka, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

その日、タクシーの後部座席に乗った僕は、黒のスーツと、紺地にブルーの柄が入った地味なネクタイ、薄いピンストライプのシャツという格好だった。まあ、固いと言えば固い、怖いと言えば怖い。

僕が向かうべき場所には、これと言ってめぼしいランドマークが無い。ふと思いついて、

「検察庁」

と言ってみた。そのあたりで、唯一目立つ建物だからだ。

だいたい、大阪のタクシーの無用なフレンドリーさには毎回辟易する。さらに関東からの人間と分かると、鬱陶しい思いをすることも多い。だが、この日は対応が違った。なんというか、腫れ物に触るような感じ。大阪のタクシーにご機嫌を取られる、というのはあまり無い体験だ。


「いやぁ、それにしてもあのビルの中は全部検察庁さんなんですかねぇ」

と聞いてくる運転手に、

「さぁ、どうでしょうね」

ともっともらしく答えるが、もちろん事実がどうなのか僕の知ったことではない。さすがに検察庁の車寄せに着けられては困るので、少し手前の横断歩道で降りる。運転手は最後までへぇへぇした感じ。


そりゃ、こんな態度を取られ続ければ、人間勘違いもするよな、という思いと共に、あの運転手の態度が果たして権力には屈さないと言われる大阪の人間の強かな態度の裏返しだったのか、単に機嫌を取っていただけなのか、考えれば考えるほど分からなく思えたのだった。