シンガポールに、好んで行きたくない。

Marina Bay

Photo: “Marina Bay” 2012. Singapore, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

シンガポールに、好んで行きたくない。仕事じゃなかったら、絶対に行かないだろう。住むのはどうだろう?

お金が(凄く)あるなら、そんなに住み心地は良いはずだ。冬は無く、年中暖かい。でも、観光に行きたいとは、僕は思わない。

だいたい、シンガポールがマレーシア半島の突端に有る事だって、三年前の僕は知らなかった。それが、国であり、首都であり、それで全部なほど、小さい国だという事も知らなかったのだ。


うまい晩飯を食いに行こう、という事になった。昼メシのケータリングは、トラウマになるぐらいの不味さだった。夜の国道では、F1コースに照明を取り付ける作業が世を徹して行われていた。予想よりも、随分歩いている。

No Signboard Seafood Restaurantのトリップアドバイザーの評価は、美味い、景色が良い、リーズナブル、接客が最悪、いつも混んでいる、おおまか、そういったところだ。マリーナベイサンズを望むレストランには、確かに観光客の行列ができていて、その先に立ちはだかっている中国系の受付のオバちゃんからは、ホスピタリティとは真逆の、例の、中華的無愛想さが存分に漂っている。

日はとっくに沈んだものの、外は果てしなく蒸し暑い。

「中で食べたいんだけど。」

「予約は?無いなら外よ。ほら、あのテーブルよ。」

最悪だ。日本の満員のチェーン居酒屋のバイトだって、まだましな対応をする。この時点で帰りたくなったが、しかし、喉も乾いて、腹も減った。

中国系の店はすぐ分かる。食器を大事にする文化が無い。食べ残しも、箸も、ナプキンも、吸殻も、食器も、全部バケツに放り込む。最初見た時は、かなりショックを受けた。まさに、そうした中華的片付けによって用意された我々の席は、天井のサーキュレーターの真下に位置していて、思ったほど悪くは無かった。眺めも、それなりに良い。マリーナベイを望んで居るのだから、立地の勝利ではある。


Local crab

Photo: “Local crab” 2012. Singapore, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

注文を取りに来たのは、ワンさんだ。疲れたワンさんは、オバちゃんとは打って変わって、英語は怪しいが、親切にメニューの内容を教えてくれる。もちろん、われわれは、蟹を食べに来たのだが、1番お得そうな輸入物は売り切れ。時価になっていた地元産の蟹の値段を、興味半分で聞いてみると、輸入物よりも断然安い。時価の方が安い、これは意外。出てきた蟹は、味噌のソースをたっぷり纏って、想定外に旨そうだ。

名物にうまい物なし、と言うが、この店の蟹には皆満足するだろう。地元産の蟹は、身も味噌も申し分のない入り方で、フワリとした食感に調理されていた。皆大人だから、奪い合いにはならなかったけれど、奪い合って食べたっておかしくない。値段も、シンガポールである事を考えれば、十分に納得がいく範囲だ。

冷えたタイガービールと、ベイサイドの景色と、生ぬるい夜風。多分、この出張で唯一救われた夜になりそうだった。

そして、そうなった。

九十分、ランチブレイクを取られても、正直困る。

Mud wall

Photo: “Mud wall” 2013. Katsura-Rikyu, Kyoto, Richo GR.

芝公園。近くのホテルで、技術系のお集まり。それでは昼休みということで、いきなり九十分、ランチブレイクを取られる。一体何をしろと。

昼メシは、適当に食べログで見つけた海鮮丼。すぐに食い終わってしまった。幸い、昨日までで夏のさかりはおしまいになって、今朝は運動会の朝みたいな風が吹いていたっけ。

東京タワーを眺めながら、公園のベンチに座る。頭上の桜の葉はだいぶ落ちて来ている。ツクツクボウシと、アブラゼミと、そしてあらゆる種類の蝉が、ひと時に圧縮された季節に鳴いている。


昼間の東京タワーをまじまじとみると、ずいぶん、いかつい。地上波の送信は止めてなお、今もたくさんのアンテナが取り付けられ、制御用機器用のコンテナやら、足場やらがついている。古くても、徹底的に改造して使う、そういう日本のやり方は嫌いじゃない。

公園のベンチに座るのは、OLとサラリーマン。全員がスマホをいじっているよ。

池があるから、けっこうな蚊が飛んでいる。夏じゅうまくっていた袖を長くして、それでもそんなに暑くはなかった。熊笹が青く茂っている。夏の桂離宮で見た。

全部お勧めな店

Sashimi

Photo: “Sashimi” 2013. Tokyo, Japan, Apple iPhone 4S.

何かお勧めは?と聞いて。

「うちは全部お勧めなんだよ!」

という店が、嫌いだ。

別に、そういう店が存在する事は勝手だが、そういう店に入ってしまった、今日の自分の不幸を嘆く。

料理が美味しくても、会計がリーズナブルでも、そのような店を再び訪れる事は無い。


うちは全部おすすめ。そんな店があるんだろうか。

例えば伊勢籐なら、そんな事もあるかもしれない。なにせ、唯一の飲み物は灘の白鷹、つまみは一汁三菜が勝手に出てくる。でも、あそこはそんな野暮な事は言わないだろう。

そんな訳で、つい「他にこれは、ってものは有る?」と聞いて、久々に「うちは全部お勧めだよ!」を食らった時に、少々うろたえてしまったのだ。あるいは、いささか注文の具合も良くなかったかもしれない。

そういうのはやっぱり相性、というのがあるものなのだ。味は悪くない、値段も高くない、でもやっぱり、二度と行かない。


不味くて、高くて、自分にとってはさっぱり訳の分からない店にも、常連というのが居る。商売はつくづく、良いから続くというものでもない。

写真は、お気に入りの方のお店です。