ずいぶん前に武漢を通過した。ユーラシア大陸南側を飛ぶのは、初めての事だ。ここで飛行機が落ちれば、果てしの無い砂漠のただ中に取り残されるのだろう。
空から見る夜景の色は、国によって違う。中国の夜景は紅い。初めて見た北京の街は、街路灯に照らされる曲がりくねった道路が、のたうつ紅い龍のようだった。
武漢。夜の北京のように、巨大な紅龍が、闇の中をのたうっていた。それを過ぎて、また果てしない暗闇が広がっている。
こんなちっぽけな、そしてちりぢりな人間が、地球を壊そうとしているなんて、嘘みたいに思える。
飛行機は西に向かって飛ぶ。月は同じ位置に光りつづけている。翼の凍えた金属が、白銀に美しく輝いている。
今度の旅は、とても嫌な予感がしていた。飛びなれない方角に飛行機が飛んでいる事も、あるいはその目的地も、いままでとは違った緊張感と、ただならない世界に行くのだという、思いが有る。
そういう感触が、旅の本質なのかもしれないが、いつまでそういう事が出来るのかな、とも思う。デリーまでの時間は、映画二本で思ったよりも速く過ぎる。トム・クルーズが、衰えない姿で、滅びたニューヨークを走り回っていた。