奈良で鹿にTシャツを喰われる

Wild buck

Photo: “Wild buck” 2011. Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

“No reservation” は、ニューヨークのシェフが、世界各地を食べ歩く番組だ。今回は大阪。酔客に、鉄板の前で尖った鉄ぐしを使わせる、セルフのたこ焼き屋に、ホストのアメリカ人は驚いている。「もし客が怪我でもしたら、ニューヨークじゃ、訴訟ものだ!」ある文化で普通に許容される行為が、他の文化では驚くべき危険な行為に見られる事がある。

であれば、野生の鹿に観光客が食べ物を与える、しかも柵なし。観光客の中には子供も、そればかりか幼児もいる。そんな、奈良の光景は驚きだろう。たいていの牡鹿の角は落とされているが、なかにはそうでないのも居る。


僕も驚いた、犬じゃないんだし。大型犬なんかより、余程大きく、小さい馬並みの脚力がある動物を野生のまま街中に放っておくなど、世界中に例があるだろうか。さらに、そいつらにあげるための食べものを売っているという街が、世界のどこにあるというのだろう。ああ、インドの牛はそうかもしれないが。

鹿煎餅を買った段階から、ヤツらはこちらを見ていたに違いない。何も持っていないときは、プイッと遠くの方で群れているくせに、煎餅を手にしたとたんに、トコトコトコトコ寄ってくる。平日であまり観光客が居ないせいか、鹿煎餅の競争率は高い。煎餅を手にした観光客に、すぐに鹿どもが襲いかかる。手のあたりを、クイッと見つめて、一目散にやってくる。

まずは、前から頭でコンコンつついてくる。かと思えば、後ろからガブーッとTシャツを噛んで、引っ張ってくる。こっちよ、こっちよ、という感じ。煎餅を口のあたりにもっていくと、一種異様な情熱でパリパリ食べる。鹿煎餅って、いったい何が入ってるんだ??


うろうろしている鹿に、煎餅をあげる。これは、意外と、相当面白い事に気がつく。ヤツらは確かに野生で、きままに色んな所に居て、色んな所に移動している。その不確定さが、相当面白い。多勢に無勢で囲まれた時に、結構怖いのもまた、面白い。それでも、日本文化の中で育った「野生動物」らしく、そんなに凶悪には図々しくないのも、また面白い。

意外と素早い動きに、マニュアルフォーカスカメラはなかなか付いていかない。それでも、Tシャツを食われながら撮った表情は、やっぱり意外と、野生動物だね。

「魚片湯」が超一流にまずい

Sliced fish soup

Photo: “Sliced fish soup” 2011. Singapore, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

旅先の醍醐味は、驚くほど不味いものに出会うことである。

フードコートのチキンライスの旨さに気をよくした僕は、ひときは人が並んでいる魚ソバの店を目指した。「魚片湯」と書いてあるので、きっとそんな感じの食べものなんだろう。12時をまわって、近所の会社員達が、昼食を求めて長い行列を作りはじめている。


OLの後ろについて、店の中を覗きながら待つ。並んでいるのは見事に中国系ばかり。周りの会話は、完全に北京語で、まったく分からないし、店の人も北京語で応対だ。(シンガポールは英語も公用語だが、北京語も公用語だ)並んでいる人達のわくわく感、みたいなものが伝わってくる。きっと美味しいんだね、この店は。

僕の前に並んでいたオバチャンは、何人前もの持ち帰りを頼んでいる。簡単なタッパのような容器に並々とソバが入れられる。味付け?の唐辛子醤油のようなものも付いてくる。で、それがちょっと漏れているあたりが、アジア的。僕の前のOLは、一人が常連で、一人が初めて連れてこられたといった感じだ。セルフサービスのやり方に、いささか戸惑っている。


店の中では、会計係のオジサンと、調理係が2人。一人は、白濁したスープを中華鍋に煮立てて、手際よくソバを茹で仕上げる。もう一人は、ひたすら魚のフライを作って積み上げる。ひたすら、ひたすら積み上げる。ビールにも合いそうだ。どう考えても、美味いねこれは。

僕の番になって、もちろん北京語は分からないので、身振りでメニューを選ぶ。ぶっきらぼうに見えるオジサンは、結構親切だった。


たっぷりのスープに、米粉のソバ、魚のフライ、青梗菜。さて、食べてみよう。

まずはスープを。。マズッ!なんか、凄く嫌いな味がする。フライは、、なんか苦い。
致命的に合わない、劣化した脂の気配と、なんかいけない感じのする出汁。これは、まずい。中華圏の下町で出会う、机の脚みたいな例の味だ。全然、口に合わない。なんで人気なのか、まったく分からない。

いや、醍醐味だわ。

トラックの荷台

Dizzy city

Photo: “Dizzy city” 2011. Singapore, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

早朝。空港からホテルに向かうバスの窓から、見慣れない、光景を見る。いや、僕にはそれは異様な光景に見える。

トラックの荷台に座り込む、浅黒い肌と、彫りの深い顔立ちの人々。

多分、交通法規が日本とは違うのだろう。トラックの荷台に20人ぐらい、座っている。反射板付きのベストとヘルメット。服は普通のシャツ、そしてサンダル。大気汚染を避けるためか、目だけを出して布で顔を覆った姿の男も多い。


開発の進む湾岸地域に向けて、似たような労働者を乗せたトラックが、バスの左右にも、前にも、走っている。彼らが我々のバスに向ける視線は、一様に鋭い。

シンガポールは小さい国で、ITや貿易に強い、それぐらいのイメージしか無かった。しかし、もちろん、国はそれだけでは動かないのであって、Foreign Workerと呼ばれる建設業やサービス業に従事する外国人労働者が大量に雇用されている。

その意味では、シンガポールは非常に「発展している」のであって、安い賃金で手を上げる労働者が居る限り、例え、人口500万人足らずの国であったとしても、そこに海外の働き手が入り込んでくる状況は、日本と同じなのだろう。だが、ここまで露骨であることが、僕を怯ませた。


日中。街中を歩いていると、Foreign Workerとすれ違う。疲れ切った足取りで、目線は鋭い。

ふり返ると、彼も、街も、遙かに遠い。無限に、遠い。