
蝶ふわり
大理石の日だまりに蝶がふわり。

「カラカラカラ」
「あなた、、でかいですね」
「話しかけんなよ」
「ホーチミンシティーのど真ん中で、バス停の壁にひっついてるわけですが、、カタツムリかなんかですか?」
「うるさいよ、名前あるけど、ベトナム語だしお前には分かんないだろ」
「5センチぐらいありますよね、この大きさ普通ですか?」
「普通だよ。雨降るまでほっとけよ。今顔出したら、危ないんだよ。」
「確かに、、あなたを撮っていたら、むしろ僕の方が好奇な目で見られました」
「カラカラ。。」
鮮やかな黄色に映える謎の巻貝氏は、雨が降るまでは忍耐の作戦だろうか。この後、信じられないようなスコールがやってくる事を、僕はまだ知らなかった。その豪雨は、タイとかマレーシアとか、そんな国で体験したスコールとは、また桁違いの凄いヤツだ。
街が水飛沫に飲まれる頃、カタツムリ氏は息を吹き返して、悠々と這い出すのだろう。実に、あの豪雨でも大丈夫そうな大きさだった。

今年、6回目の出国のために、夜のターミナルでバスを待つ。父親が死んで、そういえば、彼の居る、そんな家が嫌で旅が好きだったんだと思い出す。
旅はいつか終わり、そして帰らなくてはならない。だから、初めて一人暮らしをした時は、自分の帰る場所を自由に決められるのがとても嬉しかった。
今、自分が父親であってもおかしくない年齢になった。旅先で、ふと、自分がここで毎日生活していたら、どんな気分がするのかと思う事がある。家族の営みというものが、気の遠が遠くなるほどの数で、同時並行で、世界中で、今日も続いている。
ニューデリーから車で1時間ほど行くと、田園地帯が広がっている。その真ん中を、真新しいハイウェイが貫く。雨季の初め、川は増水して柔らかい葦の茂みに覆われた河岸を飲み込み、水と陸の境目はどこまでも曖昧だ。黒く光る農民の肌と、置物のように点在する牛たち。ただならぬ熱気と苛烈さを持った太陽が、雨上がりの川と水田を舐め尽くし、黄金色に輝く緑一色の風景を作り上げている。
こんな美しい景色はみたことがない。僕は写真を撮ることも忘れて、運転手にインドの田んぼは綺麗だねー、とさかんに話しかけた。人類はここからやって来たんだよ、と言われたら信じてしまったと思う。でも、僕はただの旅行者で、その景色は10分せずに、はるか後ろに通り過ぎてしまう。
僕が帰るべき場所は、どこだ?