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インド人の話

Photo: “Native Indian dishes.”
Photo: “Native Indian dishes.” 2017. Tokyo, Japan, Apple iPhone 6S.

インド人と、ある程度まとまった時間を過ごしたのは、ここ最近の話で、その驚くべき習慣と、感性と、考え方には大きな衝撃を受けた。

絶対に時間通りになど来たことがない彼が、”I will go there 7 sharp”と LINE してきた時に、僕はもちろんまだ家でのんびりしていたのであって、約束の7時に待ち合わせのレストランに着こうなどと言う気はさらさら無かった。しかし、”sharp” などという表現をしてきたのは初めてで、かっきりとか、丁度とか、そういう表現であることは何かで知っていて、身支度を急ごうという気になったのだった。

折しも雨が降り始め、そう遠くないとはいえ、微妙に行きづらい場所柄、タクシーで店まで行くことにした。一方通行と進入禁止だらけの裏通りを車で行くことは諦め、店の最寄りの駅でタクシーを降りると、地下鉄に乗りたいんじゃ無かったのかよ、という運転手の視線を背中に感じながら、脇の路地に入っていった。


6時55分、店に着いた。出迎えた店員に、皆さん遅れますか?とかなんとか言われて、遅れるも何も未だ 5分前ですよ、と答えて、なにやら嫌な予感がした。なかなかの有名店のようだが、店には他に 1組しか客は居ない。

7時、誰も来ない。

7時10分、もう一人の待ち人が、遅れて登場。とうに “7 sharp” は過ぎている。店は遅刻厳禁・待ち合わせ禁止のルールがあるらしく、既にフロアー担当の醸す雰囲気は悪い。

7時15分、LINEに、”I’m lost” という短い書き込み。最寄り駅までは来て、そしてLost。駅から 5分かからない。店員の嫌みとプレッシャーもかなり高まっているし、なにより喉が渇いた。彼には悪いが、ここ数回インド料理屋で得た経験値を元に、適当にビールとパパドブスなどを頼んでおく。

7時30分、もはや普通に2人で飲み会になっている。店は3割ほどの客の入りだ。遅刻厳禁の店で、30分の遅刻者を出している我がテーブルは、本来「針のむしろ」と言っても良いが、ここはインドレストランだ。そんなルールの方がおかしい、もはやインド化された我々は、そう考えている。(普通のお店なら、僕はそういうルールはきちんと守る)なんというか、外国にかぶれて日本人を見下す意味不明な視線を持った勘違い日本人の典型、みたいなフロアー店員Aの視線も、もはやなんとも感じない。あんな感性で、どうやってインドレストランで日々をやって行けているのか、むしろそれには少し興味が有る。

7時40分、ついに彼は店に現れた。悪びれる風でも無く、すまなそうですらなく、真打ち登場といった感じで。「迷っちゃいましたよー」と。彼を見るフロアー店員Aの視線は、もはや未知の物体を見るような目つきになっていた。


さて、じゃあ、料理何頼みましょうか。ファーストオーダーは、我々が無難に前菜的なものを頼んでおいた。メインディッシュは、是非ネイティブインド人に選んでもらいたい。しかし、彼の回答は、インド文化に慣れてきた我々の斜め上をいくものだった。

スペシャルミールを頼む、と言うのだ。普通に考えれば、初めて来た店で、40分遅刻して、いったいどの面下げてメニューにない料理を頼めるというのだろう。常連でも何でも無い、初見の店なのだ、ここは。

言うが早いか、メニューを片手に厨房に向かう。丁度、シェフズテーブルというような位置取りになっている我々の席からは、その交渉の様がよく見える。コックは激しく首を振り、体を仰け反らせ、どう見ても交渉は難航している。そりゃそうだ、常連どころか一見なのだ。数分、激論が続き、彼が天を仰ぎ、コックを握手する。まあ、そりゃそうだ、無理な話だ。無理を言って悪かった、でも気を悪くしないでくれ、そんな握手だ。

戻ってきた彼の第一声「OK、スペシャルミール。」

OKなのかよ!どう見てもそんな雰囲気は無かった。微塵も無かった。どんなロジックで交渉が成立したのか、ヒンズー語が全く分からない我々には、全てのプロセスが謎に包まれている。というか、インドの大地が謎に包まれている。


10分ちょっとで、テーブルの上には山盛りの料理が3皿並んだ。ビリヤニと、カレー2品。しかも、カレーの1つは卵カレー。僕がビリヤニと卵カレーが好きだから、交渉してくれたのだろう。ちなみに、この店にはそもそもビリヤニが存在しない。

ここから後の我々の仕事は、この机いっぱいの膨大な量の食べものを、残さずに食べることだ。即席メニューだから、凄く洗練されているという味では無い。もともと、ビリヤニと言ってもやっぱり店によって味が全然違うし、卵カレーの解釈もまちまち。でも彼のスペシャルな計らいだ、有り難く頂く。そういえば、失われたあの店の卵カレーはもう食べられないんだなぁ。

ちなみに、こんな単価の高そうなこの街の店でスペシャルミールなんてやったら、いったい幾ら取られるんだろう、と心密かに怯えていたのだが、全然普通の値段だった。とっても良心的だねインド。。


インド人の相手はめんどくさい、インド人の話は長い、インド人の頼み事もたいていめんどくさい。でも、インド人は長い話を(こっちからしたことは無いけれど)多分聞いてくれる、頼み事はいつまでも覚えていて良くしてくれる。友達の輪に入ってしまえば、そこには違うインド人の姿が見えてくる。彼らは人種にあまり拘泥しないし、ハイコンテキストな機微を求めるコミュニケーションもしない。

公式には否定されているカーストの概念は、非常に根深くそのシステムに染み込んでいて、容易には変わらないだろう。そこは、インドの闇と言ってもいいかもしれない。ただ、幸か不幸か、我々外国人はアウトオブカーストだからその序列の中には入らないし、入る必要も無い。

いろんな所に迷惑を、まあ、控えめに言って振りまいていることは否めない。それは、ある種の文化の摩擦と言えるだろう。でも最近は少し分かってきた。正面から反論する事、嫌なものは嫌という事、逆に面倒なことを真っ直ぐにお願いすること。そういうコミュニケーション方法を我々も研いた方がいい。その方が、この二つの文化は上手くやっていける。

年末、アジアの某国に仕事で軟禁されている彼が帰ってきたら、お気に入りの居酒屋で忘年会でも開いてあげよう。魚も食うし、酒も飲む、そんなヒンズー教徒だ。

※写真は無関係の店のインド料理。スペシャルミールの写真は控えた。

 

香川雑感 その1

Photo: “Hiyashi x2 in Nakanishi-Udon.”
Photo: “Hiyashi x2 in Nakanishi-Udon.” 2018. Kagawa, Japan, Apple iPhone 6S.

香川に誰かを招いたからには、うどんを食わせなければならない。半ば、そんな義務感だけで、友人は僕をこのうどん店に連れてきたのだろう。

地元の人、外回りの営業マン、近所で働く職人、そんな人々が平日昼時の店内に溢れている。つまり、観光的要素はゼロ。と言うことは、システムが全く不明、メニューもノットシュアー。

しかし、ここは頑張って自力で注文してみよう。お盆を持って、まず天ぷらなどのサイドメニューを選び、しかる後に、メインのうどんを選択。薬味は最後にセルフで。まあ、その辺りの流れは、近年乱立気味の東京のうどん店でもよく見かけるし、十分に対処可能。


天ぷらは穴子みたいなのがあるからそれ、あと卵天も好きなので取る。うどんは、、今日も暑いから、冷たいうどんが良いね。飲んだ後に、ひんやりした出汁で食べるうどんの美味しさを、随分前に知った。えーと、どれだ、「冷やし」か?玉数?2玉で。ん?お猪口を取るの?どういう事。んで、このご飯茶碗みたいなのに氷まみれで盛られたうどんの山は何??なんだよこれ、これじゃないよ。。

僕が食べたかったのは、正しい名称としては友人が目の前で食べている「ぶっかけ」だったのだが、僕の「冷やし2玉」のコールで出てきたのは、氷が盛られて丼に入ったうどん。小さい冷やした汁のお猪口がついてくる。何これ、笊蕎麦なの、なんなの。知らないと思っていじめてるの。まあ良いよ、冷たいから、それにしたって、こんな量いらないよ。ホントにこれで 2玉なのかよ。

気を取り直して、穴子天ぷらを、と思ったらそれはタコのゲソだったり。タコのげそ天って、瀬戸内の標準メニュー?

注文難易度高すぎるし、腹も膨れすぎる。
あと、氷が冷たすぎる。

 

やっぱりね、田舎だよ

Photo: "The observer in the summer."
Photo: “Observer in the summer.” 2018. Kochi, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter

「やっぱりね、田舎だよ」

友人は、諦めたように、そして断定的に、言った。
高松の空港から 20分も南に走ると、もうそこは温泉街になってしまう。日曜日の店のやって無さ加減、恐ろしく広いコンビニの駐車場、沿道の見知らぬ名前の地方銀行。空港に行く前に、最後に訪れる場所として友人が選んだのは、自宅から車で 30分ほどの温泉街の日帰り湯だった。

こっちに向かって飛んでくるアブと戦いながら、露天風呂に浸かっていると、未だ新緑の楓の葉を、風が渡る。良い気分、でもここに住めるか?と聞かれたら無理だなと思う。


小学生の頃、東北のある県の小さな町で 3年間を過ごした僕にとって、田舎暮らしの苦痛、「世間」から置いていかれてる感は、思い出すのに時間はかかったが、理解できる話だった。あふれる自然、自らの意志で選んだならいいだろう。だが、そこに住まざるおえなくなった人間にとっては、不便の象徴でしかなかった。小学生の僕は「田舎」を憎んだし、将来田舎に住みたいとは今でも思えない。

その土地で生まれ、育ったなら、愛着なり、沢山の知り合いなり、そういうものがあるだろう。だが、よそから来た僕たちにとって、そこは故郷では無い。そして、はなからそこに根を張る気のない人間というのは、地元の人間にもきっと分かってしまう。


それでも、今はコンビニというものがあって、日本全国どこでも同じようなものを売っている。同じキャンペーンが行われ、同じ雑誌が並ぶ。赴任した当初、コンビニに行くとほっとした。そう言った友人のコメントには、なんだか妙な説得力があった。

早く戻ってこられると良いね。