緊急事態宣言下の東京

Photo: “Walk along a bank in late spring.”

Photo: “Walk along a bank in late spring.” 2020. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

緊急事態宣言下の東京。

Amazonが生活必需品のデリバリーインフラになって、創業の品である本が発送されない、というのは実に皮肉な話だ。honto.jpを使えば、まだ本は送ってもらえるようなので、ふとこの時期に気になった「戦下のレシピ」を買おうかちょっと迷った。が、迷っているうちにWebから発送のオプションが無くなった。引き続き在庫を見ることはできるので、それを調べて、本屋に直接買いに行くことはできる。


在庫を持っている書店の一覧を眺めていると、昔の職場の近くの馴染みの本屋に在庫があることが分かった。ちょっと懐かしい気分になったし、やたらに民度の高い地区だから、危険も少ないだろう。だから、歩いて行くことにした。

区を一つ超えて、週末のオフィス街を抜けていく。高層ビル街に、人は殆ど居ない。スケボーをもった若者グループが、楽しそうに走りすぎていく。あの歳で、都心に住んでいて、スケボーができたら、僕もやるかもしれない。

人が通らなそうな路地をひたすら選んで、川沿いを進んで、皇居を迂回し、堀を越え、歩いて行く。かつての職場の近くは、ちらほら人が居たが、やはりやたらと民度が高い。家族揃って近くにお買い物、はちょっと感心しないけれども、子供までちゃんとマスクをしている。その横を通り過ぎる、窓を全開にしてさらにマスクをして、ゆっくり走る一人乗りのメルセデス。


ウイルスが人の振る舞いを制御し、振る舞いが人を淘汰する。凄く綺麗な空の下で、そんな事が進行している。どうも、あの震災と言い、今回の新型コロナウイルスといい、あまりにも大きな出来事の中にある人間は、奇妙な現実感の欠落の中に生きている感覚になるのか。そんな目に、一生に2度遭うとは思わなかったが。

本屋はちょっと人が多かったので、目当ての本をみつけてさっさと帰ってきた。馴染みの店に寄ったりしたかったけれど、そもそも店は開いていないだろう。風が強く人が減った街は、木々や古い建物が、その分息を吹き返しているように見えた。買ってきた本は、サクサク読めた。あまり、心に残る内容は無かった。

入店を阻む灰色の影

Photo: “Cat gatekeeper.”

Photo: “Cat gatekeeper.” 2019. Kanagawa, Japan, Apple iPhone XS max.

「オフサイトミーティング」という呼称は、たぶん外資共通の言い方なんだと思うが、社員慰安旅行から慰安をマイナスして、ワークショップをプラスしたようなものだと思えば、だいたい合っている。そういう文化が、そもそも本社の米国であり得るのか、ちょっと分からない。

で、それ自体に特筆すべき点は無いので(露天風呂は大変に結構だった)、帰り道。

スカスカの時刻表によれば、帰りのバスはまだまだ来ないようだ。泊まった場所は結構な山間にあって、行きに乗ったバスの時間を考えると、歩いて降りたら小一時間はかかる感じ。それでも、朝方周りを歩いたら相当気分が良かったので、帰り道はバスには乗らないで、歩いて降りることにした。天気も良かったし、ドラクエウォークで徒歩の距離についての概念がだいぶ変わっているからだ。


歩いて帰ることに決めてしまうと、ちっとも来ないローカルバスを待つイライラが馬鹿らしく感じられる。歩き始めると、空気の良さも、空に向かって伸びる両側の山並みも、急にリアルに感じられて、つい2ヶ月前に死にかけたのが嘘のようだ。

午後もだいぶ過ぎていて、西に傾きはじめた日差しは、歩いていると少し暑さを感じる。緩い下り坂が続いている。道の両側には、旅館や、企業の保養所が並んでいる。しかし、今は人の姿はほとんど無く、オフシーズンで静かだ。紅葉には早く、避暑には遅い。9月はこの温泉街にとって、そういう中途半端な季節なのだ。


道の両側が、保養所から、だんだん山間の街になってきて、小さな商店が出てくる。客が少しだけ居る、昔ながらの煎餅屋。ちょっとお土産を買うのも良いかもしれない、という気分がよぎる。別に、山で煎餅を買う必要は無いのだけれど。

僕は歩いていると、なにかとちょっと違うモノにめざとく気がつく。けれど、これは流石に誰でも気がつく。スーパーと個人商店の間、みたいな店。品揃えから見るに八百屋だろうか。自動ドアは開いている、そして、そこには入店を阻む店番が居るね。ニャンとも堂々として、お休み中。売り上げに深刻な影響を与えないと、良いのだが。

不要不急の荒木町

Photo: “Araki-cho.”

Photo: “Araki-cho.” 2020. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

震災のときは、他の多くの人がそうだったように何を書いてよいのか分からなかったし、あらゆるところに非日常の緊張感と悲劇的なニュースが存在していて何を書くべきかも分からなかった。

それから時間が経って分かったのは、歴史的な悲劇が襲ってきても、未来はあり日常は続くということ。そして、普通に暮らすことの大事さと、その時の普通の生活を書き残しておくこともまた大切だという事を思い知ったのだった。


震災の時、家に閉じこもるのは精神に大変よろしくないことを学んだ。所詮はバランス。非常事態とは言っても、我々が必要とする日常の要素に変わりはない。この状況で違うのは、一方に生命に関わる明示されたリスクがある、という事にすぎない。

と言うことで、不要不急に外出してオフ会をしてみる。といっても、相手は昔からの友達で、僕にドラクエウォークを勧めた張本人。都内某所の、メタルドラゴンが湧いている場所で、仕事終わりに待ち合わせる。


ひな祭りキャンペーンの「まもの」を倒して歩きながら、そして荒木町。店は、安易にRettyで探して、店の雰囲気からカンで選んだ。最初に出てきた、どこかの地鶏正肉、焼き鳥って正直見た目がそんなに変わらない。でも、それはあまりにもうまく、二人の口から出てきた感想は、

「凄いなこれ。」

材料は正肉の地鶏を除けば普通のもの、しかし焼く技術が凄い。塩が、割と昭和な強めに付いているのも、好みに合った。

荒木町のこんな店ががら空きなのは、やっぱり世間から少しずらすのが大事なんだなと思う。それでもこの日は1階は予約で埋まっていて、2階に通された。お客は我々だけ、貸切。普段なら気まずく感じてしまうが、今の時期はかえって良いと言えるだろう。人混みを避けろ、という意味ではこれ以上低リスクなものは無い。


レバーは、ここ数年食べた中で一番美味しかった。ハツは丁寧に掃除されて、見た目も美しかった。勧められた、薄皮もまだ柔らかいそら豆は、春の香り。標準よりも大ぶりの串に、最初の一連のオーダーで腹八分目。じゃあ、いつもの2軒目に行こうか、という流れになる。

久しぶりに良い店を見つけて、気分良く外に出る。また来週も、この辺りの小路に来ようか、そんな気分になった。