入店を阻む灰色の影

Photo: “Cat gatekeeper.”

Photo: “Cat gatekeeper.” 2019. Kanagawa, Japan, Apple iPhone XS max.

「オフサイトミーティング」という呼称は、たぶん外資共通の言い方なんだと思うが、社員慰安旅行から慰安をマイナスして、ワークショップをプラスしたようなものだと思えば、だいたい合っている。そういう文化が、そもそも本社の米国であり得るのか、ちょっと分からない。

で、それ自体に特筆すべき点は無いので(露天風呂は大変に結構だった)、帰り道。

スカスカの時刻表によれば、帰りのバスはまだまだ来ないようだ。泊まった場所は結構な山間にあって、行きに乗ったバスの時間を考えると、歩いて降りたら小一時間はかかる感じ。それでも、朝方周りを歩いたら相当気分が良かったので、帰り道はバスには乗らないで、歩いて降りることにした。天気も良かったし、ドラクエウォークで徒歩の距離についての概念がだいぶ変わっているからだ。


歩いて帰ることに決めてしまうと、ちっとも来ないローカルバスを待つイライラが馬鹿らしく感じられる。歩き始めると、空気の良さも、空に向かって伸びる両側の山並みも、急にリアルに感じられて、つい2ヶ月前に死にかけたのが嘘のようだ。

午後もだいぶ過ぎていて、西に傾きはじめた日差しは、歩いていると少し暑さを感じる。緩い下り坂が続いている。道の両側には、旅館や、企業の保養所が並んでいる。しかし、今は人の姿はほとんど無く、オフシーズンで静かだ。紅葉には早く、避暑には遅い。9月はこの温泉街にとって、そういう中途半端な季節なのだ。


道の両側が、保養所から、だんだん山間の街になってきて、小さな商店が出てくる。客が少しだけ居る、昔ながらの煎餅屋。ちょっとお土産を買うのも良いかもしれない、という気分がよぎる。別に、山で煎餅を買う必要は無いのだけれど。

僕は歩いていると、なにかとちょっと違うモノにめざとく気がつく。けれど、これは流石に誰でも気がつく。スーパーと個人商店の間、みたいな店。品揃えから見るに八百屋だろうか。自動ドアは開いている、そして、そこには入店を阻む店番が居るね。ニャンとも堂々として、お休み中。売り上げに深刻な影響を与えないと、良いのだが。

VRが現実化したような、モエレ沼公園 PLAY MOUNTAIN.

Photo: "PLAY MOUNTAIN."

Photo: “PLAY MOUNTAIN.” 2018. Hokkaido, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujinon XF23mm F1.4 R, ACROS+Ye filter film simulation.

北海道に作られているだけあって、モエレ沼公園はアホみたいに広い。牟田の街の公園で見かけたイサムノグチの遊具も、ここでは広々とした場所に、沢山置かれている。


大地を彫刻する、という意味は、実際にここに来てみないと分からないものだと思う。建物と庭を一体としたこのような施設で、ここまでのスケールと完成度と美しさをもって作られたものは、僕にとっては初めてだった。

Play mountainと名付けられた丘を登り、公園の全体像を眺める。VRの無い時代に、これを頭の中だけで構成したのか。ミニチュアを眺めても、こんな体験は想像できない。VRでしか構成し得ないものを実際に体験しているようなリアルさ、逆説的だがそういう感じ。

凡人の感覚が、21世紀の技術による能力拡張によって、どうにか天才の解釈に追いついたような、そんな感じ。これに影響されて創作された色んなものを、僕はそれと気がつかずに体験してきたように思う。


この場所にもう一度行きたいかと言われれば、もう一度行きたい。一回訪れて消化できるような場所では無い事は、明らかだった。大地を彫刻する。その意味は、ここに立たないとやはり分からないものだった。

それに、この日はちょっと雨と風が強すぎた。そんな日も良いけど、晴れた日も見てみたいね。

不要不急の荒木町

Photo: “Araki-cho.”

Photo: “Araki-cho.” 2020. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

震災のときは、他の多くの人がそうだったように何を書いてよいのか分からなかったし、あらゆるところに非日常の緊張感と悲劇的なニュースが存在していて何を書くべきかも分からなかった。

それから時間が経って分かったのは、歴史的な悲劇が襲ってきても、未来はあり日常は続くということ。そして、普通に暮らすことの大事さと、その時の普通の生活を書き残しておくこともまた大切だという事を思い知ったのだった。


震災の時、家に閉じこもるのは精神に大変よろしくないことを学んだ。所詮はバランス。非常事態とは言っても、我々が必要とする日常の要素に変わりはない。この状況で違うのは、一方に生命に関わる明示されたリスクがある、という事にすぎない。

と言うことで、不要不急に外出してオフ会をしてみる。といっても、相手は昔からの友達で、僕にドラクエウォークを勧めた張本人。都内某所の、メタルドラゴンが湧いている場所で、仕事終わりに待ち合わせる。


ひな祭りキャンペーンの「まもの」を倒して歩きながら、そして荒木町。店は、安易にRettyで探して、店の雰囲気からカンで選んだ。最初に出てきた、どこかの地鶏正肉、焼き鳥って正直見た目がそんなに変わらない。でも、それはあまりにもうまく、二人の口から出てきた感想は、

「凄いなこれ。」

材料は正肉の地鶏を除けば普通のもの、しかし焼く技術が凄い。塩が、割と昭和な強めに付いているのも、好みに合った。

荒木町のこんな店ががら空きなのは、やっぱり世間から少しずらすのが大事なんだなと思う。それでもこの日は1階は予約で埋まっていて、2階に通された。お客は我々だけ、貸切。普段なら気まずく感じてしまうが、今の時期はかえって良いと言えるだろう。人混みを避けろ、という意味ではこれ以上低リスクなものは無い。


レバーは、ここ数年食べた中で一番美味しかった。ハツは丁寧に掃除されて、見た目も美しかった。勧められた、薄皮もまだ柔らかいそら豆は、春の香り。標準よりも大ぶりの串に、最初の一連のオーダーで腹八分目。じゃあ、いつもの2軒目に行こうか、という流れになる。

久しぶりに良い店を見つけて、気分良く外に出る。また来週も、この辺りの小路に来ようか、そんな気分になった。