売れないピザ屋

近くの駅に、ピザ屋ができた。

駅は、都心から離れているせいで、構内がやたらと広い。駅ビルのエントランスは、6階までの吹き抜けになっていて、クリスマスには、15メートルぐらいあるクリスマスツリーが、春には、桜の巨木が、まるごと飾られる。

改札口の周囲も、やはり相当に広い。駅が改築されてすぐは、がらんとした何もない空間が広がるだけだったが、いつの間にか売店やら、マクドナルドやらが出来始めた。そのうち、小さなコンビニとか、アクセサリーや化粧品などの雑貨を売る店も登場した。

しまいには、ちょっとしたカフェができた。なぜカフェかというと、駅の中なのにオープンテラスがあるからだ。数量限定のスペシャルメニューもやっているし、エスプレッソも出す。ここまでやれば、いくら駅構内にあるとはいってもカフェと呼ぶしかあるまい。

ほとんど、改札前商店街。

商店街に新しい店が出来ると、開店の初日はなんとなく面白い。朝、会社に行きがけに見ると、真新しい店が、まさに営業を始めようとしている。神妙な 顔をした、一目で関係者と分かるオジサン達が、遠巻きにしながら店の様子を窺がっている。ピリピリした店員が待ち構える、ちょっと異様な雰囲気の店に、そ れでも徐々に人が入り始める。オジサン達は、ひそひそ話しながら、心配そうに店の様子を見ている。

それから数時間、僕が会社から帰ってくる頃には、店は昔からあったかのように、普通に動き始めている。そうやって、新しい店が、風景の一部になっていく。


さて、その改札前商店街の一角に、突然、ピザ屋ができた。ピザ屋といっても、持ち帰りだけの小さな店だ。

店の大きさは、ほんの数平米。これ以上はこじんまり出来ないだろう、というぐらいこじんまりした店。しかし、いちおうオーブンというか釜というか、 そんなものはある。値段は、市価の半値ぐらいで、フルサイズのピザが1,000円からの値段で買える。宅配サービスや、食べるスペースを省いてあるから、 その値段で出せるのだろう。

店員はたいてい、バイト(多分)の女の子が2人。1人が焼きで、1人が呼び込みだ。周囲には、いつもピザの焼きあがる香ばしい匂いがしていて、美味しそうだ。メニューも、何種類かあって、1人でつまめるミニサイズのピザも用意している。

しかし、僕は、客を見たことがない。

別に、不味そうではぜんぜんない。しかし、誰も買わない。僕は、誰も取らないチラシ配りとか、人気の無いストリートミュージシャンとか、有権者が集 まらない選挙カーとか、そういうものに同情してしまう性質だ。同情というのが言いすぎなら、関心を持ってしまうと言っても良い。それだけに、この客の無さ 加減が、なんとも興味を惹く。なんで客がいないんだろう。

実は、何度か買おうと思ったことはある。しかし、その度に困るのは、買うべき理由が思いつかないこと。僕には、そこでピザを買う理由が何も無いの だ。アツアツをテイクアウトしても、駅から僕の家までは、ピザが冷めるに十分な距離がある。でも買ってみたい。僕が好奇心に負けるのが先か、その店が潰れ るのが先か。どっちが早いだろう。

僕が住む街には、売れないピザ屋があるのだ。

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