香港2011年

Nathan Road, Hong Kong
Photo: “Nathan Road” 2011. Hong Kong, Apple iPhone 3GS, F2.8/37.

香港便。結局、退屈しきったので、PCを取り出して、文章を打ち始めた。

香港。それが中国という意味であれば、僕は中国には行ったことがある。しかし、そもそも通貨が異なる。中国行きの、ましてコードシェアであれば、それなりにアジアな喧噪を想像したが、そうでもない。中国本土行きに比べれば、乗客の民度というかお行儀は格段に良い。持ち込む荷物の量も少ないし、席を隔てたおしゃべりもあまりない。本土と香港は一つの国だとは言っても、租借の期間に歩んだ道のりの差異が、そういう所にも出ているのだと思う。もちろん、隣に座った香港人はヘッドフォンを付けず、大音量で iPhone で撮影した日本滞在中の動画を鑑賞している。

それも、まあ、そういうもんだろうと思うのは、僕が少しアジア圏のスタンダードに慣れたからなのかもしれない。


朝は、いつものように、少し早めの空港行きのバスに急いで乗った。こういうのは、勢いが大事で、迷っていたら永遠に荷造りなんて出来ない。バスの一番前の席に座って、曇り空の一日が明けていくのを眺める。毎日、日本から旅立つ人と、海外から降り立つ人を、運びつつけている運転手は、どんな気分でいるのだろう、という、いつもの疑問を頭の中で転がしながら、前を見つめる。

幕張を過ぎたあたりで、高速道路沿いにぼた山が見えてくる。厳密にはそう呼ばれるものでは無いのかもしれないが、僕のイメージではそれはぼた山だ。ただの建設残土の塊だった山に、数年で樹木が生えて、いまは少し山っぽくなってきた。張りぼてのミラコスタの壁を眺め、グランドオープンと書かれた、眩しい照明看板を掲げるラブホテル(午前6時だ)を通り過ぎ、一面の水田とそびえるゴミ焼却場。

誰だ、成田に空港を作ろうと考えたのは。

(震災前の文章)

東京クラスタ、日本クラスタ、アジアクラスタ

Why? MIT
Photo: “Why? MIT” 2010. Tokyo, Apple iPhone 3GS, F2.8/37.

「こんにちは。ちょっとよろしいですか。」

と、IM が入る。マレーシアで一緒になった、北京の人だった。

「私、会社を辞めてアメリカに移住します。」

移住?留学とかではなく??


日本の地方都市をちゃんと巡る、というのは面白いだろうな、と最近思う。下手に海外に行くよりも、高くついてしまうけれど、ネイティブの視線でより深く見られる。

地方に行くと、その地域で完結する世界がある気がする。ここで一生を送っていく人は、どんな気持ちと、どんな思いで、その人生を選択したのだろうか。

東京に戻れば、それは首都という一つ上のクラスタになる。上というのは上等・下等の意味で言っているのでは、もちろん無い。僕はそこで少しの疑問を抱きながら、生活をしている。これから先も、このままこのクラスタに居る、恐らく、自信は無いが。

もう少しクラスタを上げて行くと、いまや日本もアジアのクラスタの一員に過ぎない。過ぎなくなりつつある、といった方がいいだろうか。アジアのクラスタの上の方はどこだろう。

日本と、中国と、シンガポールあたりが争っている感じか。それからインドか。


アジアのクラスタを上げると、欧米になるのだろうか。そこで冒頭の彼女のことを思い出す。中国から、一気にアメリカに移住か。華僑は世界中いたるところに住んでいる。中国人の、そういう根っこをほかに移してしまう思い切りには感心する。

もの凄く真剣で、切実に、クラスタを移ろうと努力したのだろう。僕は、彼女の努力を、なんとなく感じていて、アメリカに移住するという IM にもあまり驚かなかった。

彼女の位置から見ると、僕は世界の一地方のクラスタに安住しようとしている人間に見えるんだろう。それは、あるていど気楽で、可能性の決まった世界だ。

google翻訳を使って、「よい旅を」と北京語で返した。

積年の謎の正体、臭豆腐

Stinky tofu
Photo: “Stinky tofu” 2012. Taiwan, Apple iPhone 4S.

僕は、その臭気を、頭の何処かで人間の死臭だと確信していた。

その甘い腐敗臭は、熱風のような温度を持っていた。その臭気が鼻に入ると、熱い温度を脳が感じた。

中国大陸の至る所で、かいだ臭い。北京の公衆トイレで、少し似た気配を感じた。

上海のとっちらかった屋台街でも、感じた。中国腸詰のような露店の辺りで嗅ぐことが多い気がして、暫くは腸詰を炙った臭いだと思っていた。でも、実際は腸詰はそんな匂いはしていなかった。

あれは、絶対、何かの死体だ。「甘くて不快な腐敗臭」人が腐った時の臭いの記述は、たいていこんな感じだ。ということは。。中国は、怖いところだ。そう思っていた。


台北。少し迷いながら辿り着いた、点心の有名店。時間のかかる小籠包のつなぎに、ちょっと気になっていた名物も一皿取ることにした。安かったし。

そして、唐突に現れたのだ、そいつは、まさに、その臭いをさせて皿の中に収まっていた。臭いは、臭気というよりも、やはり熱気として感じられた。

台湾名物、臭豆腐。

名前は知っていた。20年近く前に台北に来た時から、名前は知っていた。臭いものだと言う事も知っていた。公衆トイレの臭いに近いとも書いてあった。だから自分から近寄ることはなかった。しかし、まさか、こいつがアレの正体だったのか。


今まで、自分の意志に反して、何かを食べられなかったことは無い。たいていの、まずい、変なものも食べてきた。でも、これは無理だ。不快を承知の表現で言うならば、目の前の丼に、ウンコが盛ってあるぐらいに無理だ。暫く逡巡した。しかし。

臭豆腐、箸の先についた一片を食べることもできなかった。