人は、ささいな瞬間の、ささいな言葉を覚えているものだ。
「最近、ギョウザを胡椒で食べるのがいいんだよー」
そこまで言うならやってみようか、と、S&Bのテーブル胡椒を醤油に溶いた。
まだ寒さの厳しい 1月、すきま風の吹き込む古い店内は、平日の5時をまわったばかりだったが、客でだいぶ混み合っていた。石油ストーブでどうにか温められたテーブルで、瓶ビールとシウマイ、ギョウザなんかをとって、3人で食べた。
その店はもう、すっかり建て替えられてしまって、その日の面影は無く、そして胡椒の話をしていた人もこの世には居ない。
喪失感は、そういう所からやってくるのだな。