風呂

2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

カポーーン。風呂だ。

清潔なコンクリート製の壁づたいに少し歩くと、夜空が開けている。月明かりの下に、湯煙が上がっている。とくとくと湯船に満ちた湯を、ザーッとこぼしながら浸かる。

友達は既に上がってしまって、僕は一人きりで、湯に身をまかせていた。夜の川は、当たり前のことだけれど、休む素振りもなく、流れ続けていた。一人 きりで、じっと空を見つめると、生きていることの危うさと確かさみたいなものを感じる。微かな照明に誘われて、羽虫が飛んできて、湯船に落ちる。


地上から見る月の大きさというのは、せいぜい5円玉の穴ほどの大きさしかないのをご存じだろうか。もっと大きく感じているのは、実は人の錯覚。月は、人にとって最も親しい、夜の友人。だから、大きく見える。

月は、年々地球から遠ざかっている。45億年前、地球から20,000km、ロッシュ半径のぎりぎり外側に誕生した月は、今日、380,000km の彼方にある。そして、確実に地球から遠ざかり続けている。やがて、夜空に月が見えなくなる日が来る。むろん、人がその時まで存在しているのかは、甚だ疑 問だが。

夜中、カメラを星空に向けて、星空の撮影に挑戦。虫の大群に襲われた。自然の中での撮影というのは、やっぱり難しい、、。

意外とみんな月を見てる

書くネタがない、というネタで今日も引っ張っている全国の日記サイト管理者の皆さんこんにちは。羊ページです。


僕は、だいたい 20ヶ所ぐらいの日記サイトを日々読んでいる。やたら元気の良いサイトとか、やたら前向きなサイトとか、そういうものは読んでない。むしろ、だるだる的、 薄口的、主張しない的サイトが好みだ。で、そんな僕の好みはどうでもいいとして、それらのサイトを巡っていて最近思うのは、「意外とみんな月を見てるんだ なぁ」ということだ。

一昨日は満月だった。そのことを知ってしらずか、ここ数日、いろんな日記に、月が顔をだしている。作者によって表情の違う月が、いっぱい出てくる。

先週末、少なくとも都心から見る月は、いつもよりずっと明るく、眩しかった。そんな月を見ながら、「日々の忙しい中にも、心のゆとりを忘れてないよな、俺は。」とか思うわけだ。

でも、実は、みんな結構ちゃんと見ていた。で、いろいろ考えていた。そして、日記に書いていた。そう思うとなんか間抜けで、なんか微笑ましい。

ホテル松葉川温泉

Photo: 2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

Photo: 2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

偶然泊まったホテル松葉川温泉は、さっぱりとして、良いホテルだった。僕たちに用意された部屋は(その日、宿は割と混んでいて、最後の一室だっ た)、三角屋根の形が分かる最上階。優に5メートルはある天井と、ゆったりした内装。山奥のこんな場所に、周囲の風景に似合わないモダンな内装は、東京帰 りの若い建築屋の二代目が、腕試しに設計したような風情だ。

バルコニーに通じるドアを開け、ソファーに足を投げ出すと、ドーッという川の流れの音が、耳に飛び込んできた。少し上流には滝がある。コンクリートで整形された、一直線の滝。


宿の心づくしの夕食が、僕はいたく気に入った。カチカチに冷えたジョッキで生ビールを傾けながら、川魚の佃煮をつつく。松葉川を眺めるレストラン。 広い食卓に、山の食材をふんだんに使った料理が並んだ。品数は多く、どれも、見た目で誤魔化さずに、ちゃんと美味しかった。柔らかく炊かれた蕗には、さっ き川で嗅いだ土の匂いがした。

僕たちに給仕をしてくれた女性は、とてもいい笑顔をしていて、ビールのお代わりを頼むと、恥ずかしそうな微笑みを浮かべた。
「なぁ」
「ん?」
「高知ってさ、綺麗な人多くないか?」
「っていうか、いろいろな意味で魅力的な人、だろ?」
「そうそう、笑顔とかさ、いいんだよね」

静かなレストランで川の瀬を聴きながら、そんな会話をした。