砂漠の中のサターンロケット

Saturn V S-IVB

Photo: “Saturn V S-IVB” 2011. TX, U.S., Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

サターンロケット。月に人類を運んだロケット。

開発者チームを率いたのは、あのV2ロケットを作ったウェルナー・フォン・ブラウン。

計画は道半ばで中止され、打ち上げられることのなかった機体が、NASAの巨大な倉庫に展示されている。まったく馬鹿馬鹿しい大きさ。背伸びして、その切り離し部分を覗きこむことができた。


中身は、メカメカしい。ボードコンピュータと、見たことのない規格のレセプタ。職人技の無数の配線。当時の技術の粋が結集されたのだな、と一目で分かる。この配線の塊が、人間を月まで運んだのか。

打ち捨てられたメカは、厚い埃をかぶっている。年月に凝り固まり、ラバーは劣化している。だが、もし電気を入れたら、眠りから覚めて動き出すかもしれない。そんなリアリティーが漂っていた。


国家の威信をかけたプロジェクトの成果は、今は砂漠の中の倉庫で眠っている。地上で飢える人を尻目に、ロケットを打ち上げる愚かさを、あるいは思うかもしれない。だが、埃をかぶって目前にあるこの機械には、この国が世界の覇権に向けて突き進んだ時代の空気が、まだ残っているように思えた。


本当は打ち上げられて、大気圏で燃え尽きる運命だった機械だ。

予算は確保されず、計画は道半ばでキャンセルされ、ロケットはここに有る。

アメリカでそんな小さいスープがあるか!

A Cup Of Crawfish Bisque Soup And A Bowl Of Crawfish Bisque Soup

Photo: “A Cup Of Crawfish Bisque Soup And A Bowl Of Crawfish Bisque Soup” 2011. U.S., Apple iPhone 4S.

いわゆる「グループディナー」。好きではない。

たいてい、出張の初日や最終日(あるいは毎日)に、チームの親睦を深めるべく企画される。見知らぬガイジンと食事を共にするのだから、楽しくないとは言わないが、けっこう疲労困憊する。日本で言う「飲み会」というのとは違うので、最悪、すべてソフトドリンクで進行する場合もある。まあ、仕事なので仕方ない。


これが何度目のグループディナーだろう。仲良くなる、と言う事が仕事の一端であるからには、出ないといけない、と自分には言い聞かせる。地元料理のレストランに現地集合。テキサスの人々は、結構飲むので、料理の分量がおかしいことを除けば、やりやすい。

普通、料理はホストが選んでくれるものだが、今回は流れで、メニューは各自が勝手に選ぶ、と言う事になった。ガイドブックも無いし、文字だけでさっぱりイメージがわかない。写真メニューのある日本は、本当に偉大だと思う。

アメリカでも南のほうなので、料理は南部っぽくて、ザリガニとかガンボとか、そんなものが多い。向かいの席の小熊のような体格の Adam は、エビのベーコン巻きを強烈にお勧めしてくる。

でも、僕はザリガニが食べたい。ずーっと前にニューオリンズで食べたザリガニは、とても美味しかった。


戦略が必要だ。メイン1皿だけで満腹になる事は目に見えている。サラダを頼むのも、危険だ。八百屋の店先みたいな大きさのが来るに決まっている。

よく見ると、ザリガニのビスクスープには「カップ」という設定がある。これならば、スープを頼んで、別にメインを頼める。これは名案だ。ザリガニスープと、メインには Adam お勧めの、海老のベーコン巻きを注文。これで、親切な Adam の顔も立つというものだ。

その Adam は、パスタの上に、巨大茹でタラバガニが乗る、謎の料理をガボガボ食っている。これ、別々に盛れば良いんじゃ無いだろうか。蟹に味付けはされておらず、添付の壷に入った溶かしバターをどっぷり浸けて頂くのがお作法のようだ。見ているだけで、満腹になってくる。


運ばれてきたビスクスープは、思った範囲の大きさで、味もコッテリと申し分ない。僕が満足げにスープを飲んでいると、Adam がギョッとした顔でこちらを見ている。

「おい、それは一体何だ?」

何だって、スープだよ。

「なんてことだ、アメリカでそんな小さいスープがあるか!!ちょっと待て、店に文句を言ってやる。」

いや、待て、俺はこれで丁度良いんだ。あえてこの大きさなんだ。問題ないんだ。

「ちょっと、お姉さん、そんな小さいカップじゃダメだ。可愛そうだ。ドーンと、でっかいボウルで持ってきてやってくれ。ここはアメリカだ!アメリカでそんなサイズはダメだ!!!」

アメリカはでかくなくちゃダメなんだ。バーベキューグリルも、テントも、全部荷台にぶち込めるような、でかいピックアップトラックに乗らなきゃダメなんだ。薄々、この国はそういう価値観なんだろうと思っていたが、ここまではっきり言われたのは初めてだった。

ウェイトレスはニッコリとして、そして、すぐにサラダボウルみたいなスープが置かれた。

素晴らしいテキサス日本料理 Waza

Waza entrance

Photo: “Waza entrance” 2011. U.S., Apple iPhone 4S.

「あとはー、宿の近くだと、日本食レストラン。鮨と鉄板焼き。」

「それ行きましょう」

「まじか」

僕はiPhoneアプリで周辺のレストラン候補を片っ端から読み上げていた。テキサスのど真ん中で、鮨?

僕たちは、ヒューストンの宇宙センターから市の中心部を抜けて、郊外の宿に戻ろうとしていた。

20代なのに、もう日本食が食べたいのかよ、と一瞬呆れてしまったのだが、彼の意図はそうでは無かった。世界のあちこちで作られている、地元の日本料理、そのとんでもっぷりを楽しむ、それを趣味にしているのだと言う。


WAZA、というのがその店だ。

「技」とはなかなか大きく出ている。Waza Teppanとネオンの灯ったファサードを潜ると、長いエントランスに竹があしらわれ、右手にウェイティングバー、そして奥が長大なカウンターとダイニングという作り。本格的だ。

過剰な竹の醸し出す雰囲気は、完全に上野のパンダ舎である。随所にあしらわれたネオンや、酒樽といったオブジェが、マイアミバイスに於けるオリエンタルなクラブ、といった空気感を醸し出していて、大変に好ましい。


僕たちのテーブルに着いたウェイターは中国人。我々が日本人である事に、かなり動揺していた。

日本人のお客さんをもてなすのは初めてだ、と言う。脚を伸ばせばメキシコ国境にも行けてしまうヒューストンの日本料理店には、観光客も来ないのだろう。この店には、シェフも含めて日本人のスタッフは一人も居ないが、それでも良いかと念を押された。

我々は、鴨を醤油でといたワサビで食べようというのではない。テキサスっ子の解釈した日本食の神髄を、容赦なく供して頂きたい。鮨屋だと言うわりに、枝豆ギョウザなんかもある。ツマミから、鮨から、一通り頼んでみる。


前菜の、蛸の串焼きは衝撃的だった。良くもここまでこまこました脚を集めて串に刺したなという、むしろその技術に感心する。中国の屋台で売ってるサソリの串焼きみたい。考えてみれば、蛸なんて多分食べない人達なのだ。この人達は。

店長のオリジナル料理という土瓶蒸し。ウェイター曰く、これはオリジナルなので、食べ方を説明します。まず、酢橘を絞って、、てこれは日本の伝統料理で、オリジナル料理じゃ無いよ。店長は中国人に、自らの日本料理の知識をだいぶ盛り気味に示しているようだ。

枝豆ギョウザ、もはやこれは日本料理なのか?という気はするが、ちゃんと焼きギョウザなのが日本食として正しい。色も緑で楽しい。


店の料理は、はっきり言って高い。昨日まで食べていた、アンガス肉塊塩焼きとか、山盛りバター浸し海老とか、そういうものに比べたら。これは明らかに、高級店だ。皆、デートで来ている、家族を連れてきている、ここ一番な、そんな感じの客層である。

熱燗、というメニューがあって、いったい元の酒が何かよく分からないが、ビンテージのワインを味わうかのように、オッサンが誇らしげに飲んでいたのが印象的だった。

鮨は普通に美味しかったし、カニカマの握り具合も良かった。テキサスの一角で、日本食頑張ってる。誇らしい夜だった。