ホテル松葉川温泉

Photo: 2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

Photo: 2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

偶然泊まったホテル松葉川温泉は、さっぱりとして、良いホテルだった。僕たちに用意された部屋は(その日、宿は割と混んでいて、最後の一室だっ た)、三角屋根の形が分かる最上階。優に5メートルはある天井と、ゆったりした内装。山奥のこんな場所に、周囲の風景に似合わないモダンな内装は、東京帰 りの若い建築屋の二代目が、腕試しに設計したような風情だ。

バルコニーに通じるドアを開け、ソファーに足を投げ出すと、ドーッという川の流れの音が、耳に飛び込んできた。少し上流には滝がある。コンクリートで整形された、一直線の滝。


宿の心づくしの夕食が、僕はいたく気に入った。カチカチに冷えたジョッキで生ビールを傾けながら、川魚の佃煮をつつく。松葉川を眺めるレストラン。 広い食卓に、山の食材をふんだんに使った料理が並んだ。品数は多く、どれも、見た目で誤魔化さずに、ちゃんと美味しかった。柔らかく炊かれた蕗には、さっ き川で嗅いだ土の匂いがした。

僕たちに給仕をしてくれた女性は、とてもいい笑顔をしていて、ビールのお代わりを頼むと、恥ずかしそうな微笑みを浮かべた。
「なぁ」
「ん?」
「高知ってさ、綺麗な人多くないか?」
「っていうか、いろいろな意味で魅力的な人、だろ?」
「そうそう、笑顔とかさ、いいんだよね」

静かなレストランで川の瀬を聴きながら、そんな会話をした。

ブラックレイン

Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

映画の中の、忘れられない風景。僕にとってリドリー・スコット監督の「ブラック・レイン」に出てくる大阪はその一つだ。(ブラック・レインの日本ロケは大阪を中心に行われている)

ブラックレインの中で、若山富三郎演じるヤクザの親分が、マイケル・ダグラス演じるニューヨーク市警の刑事に、こんな風に言うシーンがある。「3日 たって、防空壕を出ると街は消えていた。炎は、雨を呼んだ。黒い、雨だ。そして、貴様らは我々に貴様らの価値観を押し付け、俺達から文化も伝統も奪った」

日本人の内面は、敗戦前と敗戦後では、おそらく大きく変化した。価値観は断絶し、日本国民という形での、アイデンティティーを持てなくなった。そして、勝利者の価値観がもたらす富と力に二度目の敗北を喫した。


こんな風に書いておいて、おかしな話だが、大阪の街を歩いていると、その「敗北感」をあまり感じない。アメ公?なんじゃ、そないなもん。西欧文化に 対する、妙なへりくだりが無い。東京だったら、負けてなんとなく「しゅん」としてしまうところなのだろうが、きっと大阪の気質はそんな態度を許さなかった だろう。はっきり言ってスマートではないし、洗練されてもいないけれど、一本筋は通っている。

旧日本軍というと、すぐに玉砕とかそういうイメージがあるけれど、関西方面からの部隊の死傷率は、関東のそれにくらべて低かったらしい。お国のため?アホか。そんな感じだったのかも。

鈴鹿、F1、最終コーナースタンド、3日間指定

Photo: 2000. Suzuka, Japan, Nikon F100, SIGMA 100-500mm, Fuji-Film

Photo: 2000. Suzuka, Japan, Nikon F100, SIGMA 100-500mm, Fuji-Film

東京某所、行きつけの焼き肉屋で、モクモクと牛を焼いている時だった。いよいよ、「国産黒毛和牛ロース with 新鮮青唐辛子」(本日の目玉)を網に載せようとしたとき、友達の携帯が鳴った。

暫くして電話を切った友達は、確信に満ちた表情を浮かべて、こうきり出した。

「鈴鹿、F1、最終コーナースタンド、3日間指定。どうよ。」
「行く。」


もちろん鈴鹿は、とんでもなく遠い。その鈴鹿まで、まいどおなじみポルシェ928(通称:レゲエ号)で完走できるのか。それは、オーナーである、友 達にも分からなかった。少し補足しておくと、レゲエ号は、「そろそろ全身にヤキがまわってきて、常にどこかしら壊れているが、走る・止まるは極めてしっか りしていて流石はドイツ車」という典型的なポルシェである。今年で10歳、バブル絶頂期に輸入された時の車両価格が1,400万円。最近の得意技は、エア コンと見せかけて熱風を吹き出すこと。(ドイツ車にエアコンを期待する方が間違っている)さて、F1 はいいけど、ホントに行けるのか?鈴鹿って、名古屋の向こうだぜ。


1.エンジンルーム一面にオイルを吹き 2.いつも通りエアコンは熱風しか出さず 3.窓が開かなくなり ながらも、レゲエ号は鈴鹿に到着した。家を出て2日。僕たちが鈴鹿サーキットの最終コーナーにたどり着いたのは、決勝レース開始 10分前だった。今にも雨が降り出しそうな、どんよりと曇った空。それでも、重い望遠レンズやら三脚やらを背負っているせいで、僕は汗だくだ。サーキット の周囲には、入場券を買えなかった数千人の人びとが路上駐車しながら、聞こえてくるF1のエンジン音に歓声を上げている。サーキットの中に入ると、あらゆ る茂み草むらを人が埋め尽くして立錐の余地もない。そして、更にスタンド入場ゲートをくぐると、ようやくコースがハッキリと見える。

うまくしたもので、コースがちゃんと見える場所には、スタンド席がつくられていて、そこにはスタンド入場ゲートがある。つまり、入場券を持ってい て、なおかつスタンド指定券を持っていないと(正規の料金で買うと、これは相当な金額だ)、まともには観戦できないのである。レースはショウビジネスであ り、金が動く。持たざるものは観れない。


スタンドを見回した僕の目にまず飛び込んできたのは、視界を埋め尽くすフェラーリ応援団の赤だった。ドイツやイタリアなど、ヨーロッパからの応援団 も居る。右も、左も、跳馬をあしらった赤が支配していた。旗もコートも、帽子も真っ赤。半端ではない。どれぐらい半端ではないかというと、写真のレイン コートが 2万円以上するぐらい半端じゃないのだ。そして今日、ミヒャエル・シューマッハが優勝すれば、マレーシアでの最終戦を待たずして、フェラーリはコンストラ クターズ・チャンピオンに輝く。そう、今日は名門の復活をかけたレースなのだ。