沖縄の記事一覧(全 29件)

芋がらの汁物

Photo: “Okinawa dish.” 2023. Okinawa, Japan, Apple iPhone 14 Pro Max.
Photo: “Okinawa dish.” 2023. Okinawa, Japan, Apple iPhone 14 Pro Max.

首里城の外周に沿った県道の道すがら、容易に見落としてしまう径の入り口に、店の看板が出ていた。用水路?にかかる小さな石橋を渡り、細く急なコンクリートの階段を上がり、民家の玄関が右手に突然現れる。同僚がドアを開けると、「いらっしゃい」と、店員ではなく、彼が小上がりから出迎えた。僕は4年だが、その同僚との間にはもう、20年の空白の時間が過ぎている。

店はもともと下北沢にあった。今、故郷の沖縄に帰り、小高い丘に沿うように建つ。くの字型の住宅のような建物は、一階部分が店になっている。いかにも民家のような作りで、居抜きかと思っていたが、相当に改装されているという。「ずっと見てたんだけど、いろいろあったんだよ」と彼は言う。

彼が、下北沢の店に行き始めたタイミングというのは、あるいは僕たちを連れて行ったのが最初なのかもしれない。それからやはり20年が過ぎている。


芋がらの汁物、酒粕で漬けられたぐるくん、そういう手間暇がかかったものを食べる。決まったレシピを機械のように正確になぞったものではない。その時の材料で、店主が経験と感性で作っているものだ。だから、例えばうりずんで出てくるような沖縄料理とは、また違った味がする。その人の、個性の味がする。

さて、会社を辞めて20年、沖縄でどうやって生活してきたのか。震災以来、定職には就いていないと言うが、心病むわけで無く、困窮するわけで無く、それなりにいろいろ有るとして、まずは健やかに過ごしている彼の秘密を探りに、期限が切れそうな特典航空券を引き換えて、同僚2人と連れだって冬の沖縄にやってきた。

スパム 11等分

Photo: “Luncheon meat*slicer.”
Photo: “Luncheon meat*slicer.” 2019. Okinawa, Japan, Apple iPhone XS max.

スパムを切ると、包丁がベタベタになりますね。

そんな時は、このスパムカッター。(現地風に言うなら、ポーク・ランチョンミート・スライサー)やっぱりこういうのが欲しかった。なんとゆで玉子を切るのにも使えるという。

いや、年一使わないと思う。


なにげに日本製で、気合いを入れて作られている模様。

それにしても、何故アピールポイントが11等分なのか。おにぎりに載せるのに、ベストな厚みになるという事か。

毎年、なにかと理由を付けて沖縄のデータセンターに行っていたが、それもとんとなくなってしまった。そして、台所に安売りされていたスパムは、有るのだ。(チューリップでは、残念ながら無い)

故郷に還った店

Photo: “Lunch plate.”
Photo: “Lunch plate.” 2019. Okinawa, Japan, Apple iPhone XS max.

その店は、もともと下北沢にあった。沖縄料理の店だ。

大学時代に、いろんな事情で沖縄の歴史とか、そういうものをいささか勉強したのだけれど、日常的に沖縄出身の人と話すようになったのは、会社に入ってからだ。僕が最初に配属されて、最初に与えられたパーティションの斜め後ろが、沖縄出身のMさんだった。

僕よりも、多分10歳ぐらい上だったように思うが、彼について飯を食いに行くと、いつもなんだかちょっと変わった所に連れて行かれた。新宿西口の喫茶店ハイチのドライカレーとか、豚珍館のメンチカツだとか、なんというか、学生が晩飯に食いに行きそうな所だ。


そんな中で、唯一飲み屋っぽい所に連れて行かれたのが、下北沢のその店だった。沖縄出身のスタッフが切り盛りする、地元の料理を出す店だった、と思う。実のところ、細長い店のカウンターを、ボンヤリと覚えているだけで、あまり記憶が無いのだ。その店が出す沖縄料理は、本土向けにアレンジされたものではなくて、ちゃんとした沖縄料理が出てくるのだ、とMさんが力説していた事だけ覚えている。だいたいが、何かを力説するようなタイプでは無いのだが。

数年前、店が閉まるという話を聞いた。故郷、沖縄に帰るのだという。僕は再びその店に行くことは無く、しかし、店の名前だけは覚えていた。ウチナーグチの、ちょっと変わった響きだったせいだろう。


それから数年、幾つかの偶然が重なり、首里の込み入った裏路地を歩いて、沖縄に帰ったその店を訪れた。店を案内してくれたのは、やはり10年ほど前に故郷に帰ったMさんだ。店の人の顔を、僕はもちろん覚えていない。Mさんは、意外ときちんと店の人と連絡を取り合っていたのだろう。今でも常連として親しくしているようで、出張の合間を縫っての訪問に合わせて、店では豪華なランチを特別に用意してくれた。

なぜ、そんなに長く続くのか、よく分からないままに続く縁がある。Mさんとの縁も、そんなものの一つだ。多分、一度だって一緒にまともに仕事をしたことは無いのだ。それでも、すっかり白髪頭になったMさんと、今年もこんな風に食卓を囲んでいる。嫌いなものが、似ているかもしれない。物事を斜めに見る感じが、似ているのかもしれない。

お膳に並んだのは、どれも沖縄の家庭を代表する料理。自家製とおぼしきジーマミー豆腐も、タームの揚げ物も、ハッとするほど味の調子が高い。仕事の年期が、違う。ゆっくり、夜に来てこの味をまた確かめたいな、と思う。下手な海外よりも来にくい場所ではあり、そして、込み入った偶然が無ければ決して訪れることは無かった場所だ。そういう事が、存外貴重なものなんだ、という事に最近思い至るようになった。