程よくぬるい

Photo: "Victory of communism."

Photo: “Victory of communism.” 2017. Vladivostok, Russia, Apple iPhone 6S.

程よくぬるいトマトジュースをサーブされ、プロペラ越しの日本海を見ている。紅い果実が描かれたパッケージを見て、何か素敵なロシアの果物かと思ったのだが、なんてことはない、トマトジュースだった。ぬるいトマトジュースって、厳しい。

成田からたったの2時間半、ウラジオストクには1日1往復の定期航路が開設されている。ただし、プロペラ機だ。もちろん、ツポレフとかスホーイとか、イリューシンとかを期待したが、とっくの昔にボンバルディアに代わっていた。ロシア国外での型式証明とか、そういう問題もありそうだ。


ロシア人は寡黙、という僕のイメージは既に崩れている。ゲートの待合でも、ロシア人達はお喋りしっぱなしだったし、僕の前のロシア人ビジネスマン2人組は、プロペラ機の騒音の中で、もう1時間も喋りっぱなしだ。男も女も、とにかくよく喋る。


やがて、ロシアの大地が見えてくる。

国土地理院の等高線模型のような、緑一面の山。飛行高度から見ても、山奥すぎて震えるような場所に、細い道でつながる建屋数軒の集落が有る。こんな場所で越冬するかと思うと、震える。

突如、森をぶった切って真っ直ぐな道路(用水路のようにも見える)が地平線まで続く。さしずめ、現代版ナスカの地上絵のようだ。共産主義の勝利を讃えるような、無茶苦茶な真っ直ぐさ。

まさに、おそロシア。

板門店で指をさす女

"Panmunjom 2016."

Photo: “Panmunjom 2016.” 2016. DMZ, South Korea, Richo GR.

朝も早くから、ソウル駅近くのとあるホテルに集合させられている我々の目的は、JSAに行くことだ。JSA-Joint Security Area は、いわゆる板門店として知られる、南北朝鮮の国境エリア。北朝鮮問題がエスカレートしつつあり、立入が出来なくなる前に、いっぺん行ってみよう、ぐらいの気分だった。

センシティブな場所なので、JSAに個人で行くことはできず、ライセンスを持った業者が運行するツアーに参加する以外に選択肢は無い。そして、このツアーは、思いつきでは行くことが出来ない。訪問者に対するパスポートチェックがあるから、事前に日本から申し込んでおかないといけないのだ。しかも、ソウル市街からJSAは意外と遠くて、往復でほぼ丸一日かかる。出張のついでに半日観光、という訳にはいかないのだ。だから、今回は一度かの国との国境を見るためだけに、やって来た。

国連軍基地内のブリーフィングルームで、「何が起こっても(死んでも)責任は自分に有ります」という主旨の誓約書にサインをして、いよいよ出発。


DMZの入り口でバスに乗り込んできた二十歳ぐらいのJSA警備兵は、どう控えめに言っても精悍、エリートだなという感じが彼のプライドと共に伝わってくる。韓国は徴兵制だと言われるが、実際に前線の兵士になるのは徴兵検査時に7段階の判定のうち上位1-3級の人だけ。しかも、全員が兵士というのではなくて、警官などになる場合もある。韓国は徴兵制、という言葉から受けるイメージとは、ちょっと違う。どうりで、ソウルの街には、やる気の無い若い警官が無駄に沢山居て、たいして仕事もせずにおしゃべりに夢中なわけだ。

それだけに、JSAの警備任務につく兵士は身体能力に優れ、英語も話せる最前線のスーパーエリート。精鋭部隊とされる第一歩兵師団所属の彼に先導されて、チェックポイントから両側が地雷原になったDMZを越え、JSAに入る。およそこの世の中で、人がスマホで写真を撮らない場所はそうは無いが、JSAでは撮影が厳しく制限される。というか、決められた場所を(ここから、この方角)決められた時間(しかも1分とか)撮ることしかできない。


クライマックスの軍事停戦委員会の本会議場の見学は、手荷物制限、服装制限、写真制限がかかって、行儀良く歩けとか、静かにしろとか、いろいろ注意事項がある。韓国側のビルから、本会議場の建屋を見ると、ニュース映像で見るまさにあの平屋の建物と、歩哨に立つ韓国軍兵士の光景。イメージと違って、韓国・北朝鮮ともに大きなビルが本体の建屋としてにらみ合っていて、その真ん中にポツンと会議室が建っている。

「敬意を払って行動しろ」という、いまいち抽象的なインストラクションに従って、二列縦隊で歩かされる。警備は南北で時間交代制なので、間近に北朝鮮兵を見ることはできないが、よく目をこらせば対岸のビルに兵士の姿を望むことはできる。初めて肉眼で見る北朝鮮兵だ。北朝鮮側から拳銃を構えているように見えるので、絶対に指をさすなと言われているのに、早速兵士を指さす命知らずのツアー客の女。ちょっとやめてもらえますかね。

台南、休日の朝の牛肉湯(石精臼牛肉湯)

Bouillon for breakfast.

Photo: “Bouillon for breakfast.” 2016. Tainan, Taiwan, Apple iPhone 6S.

台南、二度目。ホテルの朝食は予約していない。台湾人が週末の朝に食べるものを食べたい。Xiaomi の地元アプリで、繁体字を解読しながら牛肉湯の店を見つける。Xaomiの画面を見せると、タクシーの運転手は直ぐに場所を把握した。


店は台湾のよくある路面店。通路に面したカウンターで、青い Tシャツ姿の大将が赤身の固まりを切っている。既に熱気を帯び始めた台南の朝。

牛肉湯は熱いスープに、赤身の牛生肉の細切りを入れて、しゃぶしゃぶというか湯上げのようにして喫する料理。一緒に、魯肉飯も頼みましょう。朝飯には重そうだが、上品なスープに、脂っ気のないさっぱりした肉で、とても軽く感じられる。そこに生姜のアクセント。暑い台南で生肉?とも思ったが、表面にしっかり熱が入るし、これはとても気候に合っているように感じた。


食べ進んでいると、店の人がレンゲにスープを取れという。卓に備え付けの、「米酒」と書かれた調味料を入れてくれる。沖縄に於けるコーレーグースのような、そんな風味が付く。なるほど、レンゲで試して気に入ったらどうぞという事か。そんな細かい気遣いを、地元の繁盛店で受けられるとは思わなかった。

向かいのテーブルでは、小さな女の子と父親が、親子で朝ご飯だ。シンプルな肉スープを前に、いささか退屈げにしている彼女にとっても、やがては忘れられない懐かしい故郷の味になるのではないかな、と思う。

なんだろう、何年後にでも戻ってきて食べたい、そういう味なのだ。お会計は全部で 200円ぐらい。安いね。